【宮城県】日本一地酒がうまい県の秘密とは──宮城・純米酒の聖地を訪ねるin大崎市新澤酒造
日本酒を飲んでいて、ふと違和感を覚えることがある。言いたくはないが、口に含んだ瞬間に感じる不自然な甘さ、妙に尖った酸味、そして後味に残る化学的な風味──それらが舌に引っかかる。もちろん、その味が好きな人もいるし、造り手の工夫や技術の成果であることも理解している。だが、宮城出身の私にとっては、どうしても「違う」と感じてしまうのだ。
調べると「みやぎ・純米酒の県」宣言という日本初の取り決めが宮城県にあった。「水と米だけ」でお酒を作るというとんでもない宣言だ。そして実際に施行されて、純米酒の比率は全国1位になっている。そんな宮城の酒で育った舌は、米の旨味と水の清らかさ、そして造り手の誠実さを知っている。どの蔵の酒を飲んでも、外れがない。派手さはなくとも、食事に寄り添い、飲み飽きず、心地よく酔える──そんな酒が、宮城にはある。
なぜ、宮城の地酒はこんなにも美味しいのか。なぜ、外れがないのか。その答えを探すため、私は大崎市に向かった。目的は、新澤醸造店の「愛宕の松 特別純米 ササニシキ」を買いに行くこと。この酒は、世界最大の日本酒コンペティションで純米酒部門1位を獲得した“究極の食中酒”であり、世界農業遺産「大崎耕土」の水と、伝説の米「ササニシキ」で仕込まれている。
純米酒にこだわるだけでもすごいことだが、米と水にまで徹底的にこだわる──そんな酒が美味しくないわけがない。私はその理由を、実際に酒蔵を訪ねて確かめてみることにした。
参考
宮城県酒造組「みやぎの酒造り」
宮城旬鮮探訪「なぜ宮城の酒はおいしいのか⁉ 特徴や歴史に迫る」
河北新報オンライン「一番探すべ!>みやぎ・純米酒の県宣言 質で勝負 個性も豊かに」
日本初「みやぎ・純米酒の県」宣言とは
宮城県は、1986年(昭和61年)に全国で初めて「純米酒の県」を宣言した。これは、醸造アルコールや糖類を添加しない「純米酒」だけで酒造りを行うという、全国でも類を見ない取り組みだった。
当時、宮城県内の清酒生産量に占める純米酒の割合はわずか10%未満。普通酒が60%以上を占めていた。そんな状況の中で、県内の酒造蔵52者が「ササニシキ100%の純米酒造りを通じて、いい酒、うまい酒造りに努める」と宣言したのだ。
その後、宮城県産業技術総合センターと協力し、酒造好適米「蔵の華」や酵母「宮城マイ酵母」「みやぎ酵母・愛美」「ほの馥」などを開発。技術指導や原料開発を重ね、純米酒の品質向上に取り組んできた。
その結果、平成29年度の特定名称酒比率は全国最高の92%。純米酒だけでも40.2%を占め、全国平均の12.8%を大きく上回っている。宮城県は、まさに「純米酒の聖地」と言える場所なのだ。
純米酒と醸造酒の違い
純米酒とは、米・米麹・水だけで造られる日本酒のこと。これに対して、醸造酒(普通酒や本醸造酒)は、醸造アルコールや糖類などを添加して造られる。添加物を加えることで、発酵を助けたり、香りを引き出したり、味を軽くしたりすることができる。
しかし、純米酒は素材の力がすべて。米の質、水の清らかさ、麹の働き、酵母の選定、そして造り手の技術──それらがそのまま味に反映される。誤魔化しがきかない分、造り手の哲学が問われる酒でもある。
宮城県が純米酒にこだわる理由は、そこにある。1986年に「みやぎ・純米酒の県」宣言を行い、県内の酒蔵が一斉に純米酒造りに取り組んだ。その結果、現在では特定名称酒比率が全国最高の92%を誇る。
純米酒は、米の旨味を最大限に引き出す酒。だからこそ、米と水に恵まれた宮城の酒は、他県にはない深みとキレを持っている。潔く、誠実な酒──それが純米酒の魅力なのだ。
参考
農林水産省「基礎から学ぶ!日本酒のすべて」
醸造アルコールとは
醸造アルコールとは、サトウキビやトウモロコシなどを原料に発酵・蒸留して得られる高純度のアルコールで、日本酒造りでは香味の調整や発酵の安定化、保存性の向上などを目的に使用される。特に本醸造酒や吟醸酒では、少量の醸造アルコールを加えることで、香りを引き立てたり、味を軽くしたりする効果がある。
一方で、醸造アルコールの使用には賛否がある。大量生産に向いている反面、米本来の旨味が薄れることもあり、純米酒を好む人々からは「余計なもの」と見なされることもある。また、安価な普通酒では、コスト削減のために多量に添加されるケースもあり、品質にばらつきが出ることもある。
宮城県が純米酒にこだわる背景には、こうした醸造アルコールへの距離感がある。米と水だけで勝負する──その潔さが、宮城の酒造りの美学なのだ。もちろん、醸造アルコールを使った酒にも良さはあるが、純米酒には「素材の声を聞く」ような深さがある。
大崎耕土と新澤醸造店を訪ねる
大崎市三本木町──新澤醸造店の本社があるこの地は、世界農業遺産「大崎耕土」の中心に位置する。車を走らせると、広がる水田と用水路が目に入る。江戸時代から続く水利システムが今も生きていて、蔵王連峰からの伏流水が田畑を潤している。水と米──酒造りの根幹が、ここにはある。
新澤醸造店は、1873年創業の老舗。震災で蔵が全壊した後、川崎町に新蔵を建てて酒造りを再開した。現在は「伯楽星」と「愛宕の松」という二大銘柄を並行して醸している。今回の目的は、「愛宕の松 特別純米 ササニシキ」を手に入れること。
蔵に入ると、木の香りと米の甘い匂いが漂い、静かな空気が満ちていた。スタッフの方に案内され、私は瓶を手に取る。ラベルには「精米歩合60%」「日本酒度+3」「酸度1.6」「アルコール度15度」と記されている。使用米はササニシキ──かつて全国を席巻した伝説の米だ。
試飲させてもらうと、メロンや白桃を思わせる香りがふわりと広がり、爽やかな酸味と米の旨味がバランスよく感じられる。後口にはキレがあり、どんな料理にも寄り添う。冷酒から燗酒まで、温度帯を選ばず楽しめるというのも驚きだった。実際、70度以上でも味が崩れないという。
スタッフの方は「扁平精米を使っているので、雑味が出にくく、後味がすっきりするんです」と教えてくれた。さらに「酵母も宮城オリジナル。米も水も地元産。すべてにこだわってます」と語る。
私はその言葉を聞きながら、瓶を包んでもらった。この酒には、土地の記憶と造り手の哲学が詰まっている。大崎耕土の水、ササニシキの米、そして純米酒へのこだわり──それらが一体となって、「究極の食中酒」が生まれているのだ。
所在地: 〒989-6321 宮城県大崎市三本木北町63
電話番号: 0229-52-3002
参考:大崎耕土「世界農業遺産」、【公式】株式会社新澤醸造店 | 伯楽星・あたごのまつ醸造元
地場の肴と、宮城の酒の記憶
新澤醸造店で手に入れた「愛宕の松 特別純米 ササニシキ」を、家に持ち帰って冷蔵庫で一晩休ませた。瓶を開けると、ふわりとメロンや白桃を思わせる香りが立ち上る。香りは華やかすぎず、食事の邪魔をしない穏やかな立ち方。グラスに注ぐと、淡い黄金色が光を受けて静かに揺れた。
まずは冷酒で一口。口当たりはやさしく、ササニシキのふくらみある旨味がじんわりと広がる。酸味が爽やかで、後口にはキレがある。扁平精米のおかげか、雑味がなく、すっと引いていく余韻が心地よい。これは確かに“食中酒”だ──料理とともに味わうことで、酒の輪郭がより鮮明になる。
おつまみには、宮城の地場食材をいくつか用意した。まずは「三陸産の炙りホヤ」。磯の香りと濃厚な旨味が、酒の酸味と絶妙に調和する。次に「登米の仙台味噌漬け豆腐」。味噌の塩味と発酵の深みが、純米酒の米の甘みを引き立てる。さらに「栗原産のしそ巻き味噌」。甘じょっぱい味噌としその香りが、酒のキレと重なって、口の中で小さな物語を紡ぐ。
温度を常温に近づけると、香りが少し立ち、旨味がよりふくよかに感じられる。燗酒にもしてみた。60度を超えても味が崩れず、むしろ米の甘みが前に出てくる。熱燗にしても、冷酒にしても、どこかに「宮城の空気」が漂っているような気がした。
この酒は、ただ美味しいだけではない。米、水、技術、そして土地の記憶──それらが一体となって、ひと口の中に宿っている。地場の肴とともに味わうことで、私はもう一度、宮城の風景に帰っていた。酒とは、記憶を運ぶ乗り物なのかもしれない。
まとめ
宮城の地酒が「外れがない」と言われる理由──それは、誠実さと美学にある。米と水に恵まれた土地で、余計なものを加えず、素材の力で勝負する。その潔さが、宮城の酒造りの根幹を支えている。
純米酒にこだわるだけでもすごいことだが、宮城はそれを県全体で取り組んできた。1986年の「みやぎ・純米酒の県」宣言から始まり、酒米「蔵の華」や酵母の開発、技術指導など、30年以上にわたる努力が実を結び、今では特定名称酒比率が全国最高の92%を誇る。
その中でも、新澤醸造店の「愛宕の松 特別純米 ササニシキ」は、米・水・技術のすべてにこだわった酒だ。ササニシキのふくらみある旨味、蔵王の伏流水の柔らかさ、扁平精米による雑味のなさ──それらが一体となって、世界一の食中酒が生まれている。
私はこの酒を飲みながら、ふと思った。宮城の酒には、派手さはない。だが、食事に寄り添い、飲み飽きず、心地よく酔える──そんな酒が、ここにはある。それは、土地の記憶と造り手の哲学が宿った、静かな誇りなのだ。
宮城の地酒は、ただ美味しいだけではない。それは、地域文化の結晶であり、誠実なものづくりの証でもある。私はこれからも、宮城の酒を飲み続けるだろう。そして、その味の奥にある物語を、言葉にして伝えていきたいと思う。