【宮城県】東北を代表する発酵の町「大崎市」鬼首の発酵食品文化を訪ねるin鳴子温泉・どぶろく・鳴子温泉ブルワリー
「発酵」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。味噌、醤油、漬物──日本人の食卓に欠かせない存在でありながら、その正体はどこか曖昧で、目に見えないものでもある。だが、発酵とは、微生物と人間が共に生きる営みであり、土地の風土と時間が育てる文化でもある。
宮城県大崎市は、そんな発酵文化を地域の誇りとして育てている町だ。鳴子温泉郷をはじめ、鬼首高原、岩出山など、自然豊かな土地に根ざした発酵食品が数多く存在する。味噌や漬物はもちろん、どぶろくやクラフトビール、発酵スイーツまで──その多様性は、まさに“発酵の里”と呼ぶにふさわしい。
今回私は、鬼首地域を中心に、大崎市の発酵文化を探る旅に出た。訪れたのは、鳴子温泉ブルワリーで造られるクラフトビール、そして「どぶろく特区」として復活した濁り酒「ゆきむすび」。どちらも、土地の水、米、空気、そして人の手が織りなす“生きた味”だった。
発酵とは、微生物の働きによって食材が変化し、旨味や栄養が増す現象。だがそれは単なる化学反応ではない。人が自然と向き合い、時間をかけて育てる文化なのだ。鬼首の山々に囲まれた静かな空気の中で、私はそのことを深く実感した。
参考
世界農業遺産大崎耕土「味噌蔵・酒蔵 一覧」
発酵とは
発酵とは、微生物の働きによって食材が分解・変化し、保存性や栄養価、風味が高まる現象を指す。乳酸菌、酵母、麹菌などが代表的な発酵菌で、味噌、醤油、納豆、漬物、酒など、日本の食文化の根幹を支えている。
発酵食品には、腸内環境を整える乳酸菌、免疫力を高める酵母、消化を助ける酵素など、健康に寄与する成分が豊富に含まれている。近年では「腸活」や「発酵美容」などの言葉も広まり、発酵食品の価値が再評価されている。
だが、発酵の魅力は栄養だけではない。発酵は、土地の気候や水、空気、そして人の手によって育まれる“地域文化”でもある。同じ味噌でも、地域によって味が違うのは、微生物の種類や発酵環境が異なるからだ。
大崎市は、そんな発酵文化を地域資源として位置づけ、「発酵の里おおさき」としてのブランディングを進めている。発酵は、目に見えない微生物の営みでありながら、確かに人の暮らしを支えている。それは、自然と人間が共に生きる証でもある。
参考
日本食糧新聞「新春特集・発酵食品と地域活性化:先進事例2=宮城県大崎市」
農林水産省「「発酵」の不思議」
腸活とは
「腸活」とは、腸内環境を整えることで、健康や美容、精神面にまで良い影響をもたらす生活習慣のこと。ネットやSNSでは、腸を「第二の脳」と呼んでいるようで、免疫細胞の約70%が集中している重要な器官だ。腸内環境が乱れると、便秘や肌荒れだけでなく、免疫力の低下やメンタル不調にもつながる。
その腸を整える鍵となるのが、発酵食品。味噌、漬物、甘酒、ヨーグルトなどに含まれる乳酸菌や酵母菌は、腸内の善玉菌を増やし、悪玉菌の働きを抑える。特に大崎市で作られる発酵食品は、地元産の米や野菜を使い、昔ながらの製法で丁寧に仕込まれているため、菌の力が生きているように感じる。
参考
鳥取大学医学部附属病院 「知っておきたい正しい 腸活」
ながお内科クリニック「腸活の科学的根拠を探る」
免疫力とは
免疫力とは、体内に侵入したウイルスや細菌などの異物を排除し、健康を守る力のこと。風邪をひきにくい、疲れにくい、傷の治りが早い──これらはすべて免疫力が高い証だ。逆に、免疫力が低下すると感染症にかかりやすくなり、慢性的な不調を引き起こす。
この免疫力を支えるのが、腸内環境。腸には免疫細胞が集中しており、腸内の善玉菌が活発に働くことで、免疫機能が正常に保たれる。つまり、腸活=免疫力アップにつながるのだ。
参考
鬼首の発酵文化
鬼首高原の入り口にある鳴子温泉ブルワリーは、地元産の米と水を使ったクラフトビールを醸造する小さな醸造所だ。ここで造られるビールは、発酵の力を最大限に活かした“生きた飲み物”。私は「鳴子IPA」と「ゆきむすびラガー」を試飲した。
鳴子IPAは、ホップの香りが華やかで、苦味の中に米の甘みが感じられる。一方、ゆきむすびラガーは、大崎市産の酒米「ゆきむすび」を使った濁り酒風のビールで、まろやかでコクがあり、どこか懐かしい味がした。店主によると、「発酵は、土地の空気を飲むこと」とのこと。まさにその通りだと思った。
鬼首地域では、平成16年に「鳴子温泉郷ツーリズム特区」として「どぶろく特区」を取得。かつて各家庭で造られていたどぶろくが、地域のもてなしとして復活した。農家レストランや旅館では、自家製のどぶろくが提供されており、濁った白い酒の中に、米の旨味と微生物の力が詰まっている。
私は川渡温泉の旅館「ゆさ」で、どぶろく「ゆきむすび」をいただいた。口に含むと、米の甘みと酸味が広がり、喉を通るときに微かな発泡感が心地よい。これは、発酵が生きている証だ。旅館の女将は「昔は各家で造っていたのよ。今は免許が必要だけど、こうしてまた出せるようになって嬉しい」と語ってくれた。
鬼首の発酵文化は、単なる商品ではない。それは、土地の記憶を継承する営みであり、微生物と人間が共に生きる証でもある。私はその味を通じて、鬼首という土地の時間に触れた気がした。
所在地: 〒989-6941 宮城県大崎市鳴子温泉鬼首本宮原23−89
電話番号: 0229-86-2288
大崎市はなぜ「発酵の町」を目指すのか
大崎市が「発酵の町」を目指す背景には、地域の農業と食文化を未来につなげたいという思いがある。市内には、味噌、醤油、漬物、酒など、発酵食品を手がける事業者が多数存在し、発酵に関する知識と技術が地域に根付いている。
また、大崎市は「世界農業遺産」にも認定された地域。その認定理由のひとつが、伝統的な農耕文化と発酵食の融合にある。発酵は、保存技術であると同時に、農産物の価値を高める手段でもある。米や野菜を発酵させることで、季節を越えて味わうことができるのだ。
市は現在、「発酵の里おおさき」プロジェクトを推進中。発酵をテーマにした観光ルートの整備、発酵食品のブランド化、体験型施設の開設など、地域全体で発酵文化を育てている。目指すのは、「発酵といえば大崎」と言われるような地域ブランドの確立だ。
発酵は、微生物の力を借りて、人間が自然と共生する技術。その文化を未来につなげることは、地域の持続可能性を高めることでもある。大崎市の挑戦は、食の豊かさだけでなく、暮らしのあり方そのものを問い直すものなのだ。
大崎市の発酵食品
大崎市では、地域に根ざした発酵食品が数多く作られており、観光客でも気軽に購入できる場所が点在している。古川地区にある発酵文化を紹介する。歌枕にもなった緒絶橋の近くに商業施設「醸室(かむろ)」は、江戸時代創業の酒蔵「橋平酒造店」の建物を改装した複合施設で、地元の味噌や甘酒、発酵スイーツなどが並ぶ。カフェやレス路も併設されておりランチやスイーツを楽しむことができる。
一方、かつての城下町・岩出山では、発酵食文化が今も息づいている。特に麹づくりに関しては、大崎地域にある4軒の麹屋のうち3軒が岩出山に集中しており、味噌や醤油、日本酒の製造に欠かせない存在となっている。代表的な店舗には「小泉麹屋」「菊池麹や」「石田こうじや」があり、それぞれが昔ながらの製法を守りながら、地域の味を支えている。
また、「名取味噌醤油店」では、地元産の大豆と米を使った味噌や醤油が販売されており、発酵の力で引き出された深い旨味が特徴。「森民酒造店」では、伝統的な酒造りの技術を活かした日本酒が造られており、発酵文化の奥深さを感じさせてくれる。
まとめ
今回の旅で出会った大崎市の発酵文化は、単なる食の話ではなかった。それは、微生物と人間が共に生きる営みであり、土地の記憶を継承する静かな力だった。鬼首で味わったクラフトビールとどぶろく、岩出山の麹屋で手に取った生麹、古川の醸室でいただいた甘酒スイーツ──それぞれが、発酵という目に見えない力を通じて、地域の風土と人の暮らしを結びつけていた。
発酵は、時間の積み重ねによって育まれる文化だ。菌が働き、食材が変化し、味が深まる。その過程には、自然の力と人の知恵が宿っている。大崎市は、その発酵文化を未来につなげるため、「発酵の里おおさき」としてのブランディングを進めている。観光、健康、教育──あらゆる分野で発酵が活かされようとしている。
私はこの旅を通じて、発酵が持つ力を改めて実感した。それは、体を整える力であり、心を癒す力であり、土地と人をつなぐ力でもある。次に訪れるときは、もっと深く麹づくりを学び、発酵の奥深さに触れてみたい。そしてまた、大崎の“生きた味”に出会いに行こうと思う。