【宮城県大崎市】全国こけし祭り訪問in鳴子温泉郷

湯けむりの立ちのぼる山あいの町、宮城県大崎市鳴子温泉郷。ここでは、木と湯と人の記憶が交差するように、手仕事の文化が静かに息づいている。私は2025年秋、全国こけし祭りと鳴子漆器展を訪れた。こけし供養祭への参列、工人による制作実演、絵付け体験、そしてこけし柄の浴衣でのパレード参加──それは、鳴子という土地が育んできた「祈りと美意識のかたち」に触れる旅だった。

こけしは、湯治文化とともに生まれ、木地師から工人へと受け継がれた技と心が宿る。漆器は、使い込むほどに艶を増し、暮らしに寄り添う器として今も生きている。鳴子の文化は、過去の遺産ではなく、今も町の空気の中で息づくものだ。この町には、手の記憶がある──それを確かめるために、私は鳴子へ向かった。

参考

全国こけし祭り | 「こけしのまち」に日本各地の伝統こけしが勢ぞろい

全国こけし祭り・鳴子漆器展/大崎市

実演と絵付け──手が語る技と風土

旧鳴子小学校体育館では、各産地の工人による制作実演と展示販売が行われていた。旋盤の音が響き、木地を削る手の動きに迷いがない。鳴子系こけしの特徴である「キュッキュッ」と鳴る頭の構造も、目の前で仕上げられていく。木の声を聞きながら形を整えるその姿は、まさに職人の舞だった。

絵付け体験にも参加した。胴に筆を走らせると、木目が筆先を導いてくれるような感覚がある。菊や桜の模様を描きながら、鳴子の季節や空気を感じる。隣では子どもたちが夢中になって絵付けをしていて、こけし文化が世代を超えて手渡されているのが伝わってきた。

大崎市立鳴子小学校

〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元29


湯治とこけし──鳴子温泉の文化的土壌

鳴子温泉郷は、江戸時代から続く湯治場として知られている。長期滞在型の湯治文化は、療養だけでなく、地域の手仕事と深く結びついていた。こけしが鳴子で育まれた背景には、この湯治文化がある。湯治客が子どもへの土産として持ち帰ったのが始まりとされ、こけしは「湯の記憶を持ち帰る器」として定着していった。

鳴子系こけしは、胴と頭が別々に作られ、頭を回すと「キュッキュッ」と鳴る構造が特徴だ。これは、子どもが遊ぶ際の楽しさを意識した工夫でもあり、湯治場ならではの生活感が反映されている。絵柄には菊や桜、紅葉などが描かれ、鳴子の四季が宿っているようだった。

こけしの系統──土地が育てた顔と形

こけしには、東北各地に伝わる11系統がある。津軽、南部、木地山、鳴子、作並、遠刈田、弥治郎、土湯、蔵王高湯、肘折、山形──それぞれに形状や絵付けの特徴があり、土地の風土と職人の美意識が反映されている。

鳴子系は、頭が胴に差し込まれる構造で、首を回すと音が鳴る。顔はやや面長で、眉と目が力強く描かれ、胴には重ね菊や二重の花模様が施される。これは、鳴子の山々の力強さと、湯治場の華やかさを映したものだと感じた。

温泉神社での供養──自らのこけしを手放すということ

こけし供養祭では、私自身も一本のこけしを奉納した。数年前に鳴子で求めたもので、棚に飾っていたが、今回の祭りに合わせて「役目を終えたこけし」として神前に捧げた。木の人形に手を合わせる行為は、思いのほか深いものだった。手に取った瞬間の記憶、旅の空気、職人の筆の流れ──それらが静かに昇華されていくようだった。

所在地: 〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元31−1

電話番号: 0229-82-2320

工人との対話──山と木と人の関係

祭りの会場では、工人の方とも言葉を交わした。鳴子のこけしは、地元のミズキやイタヤカエデなどを使い、山から伐り出した木を乾燥させ、旋盤で削る。工人は、木の性質を見極めながら、刃を入れる角度を調整するという。「木は生きてるから、急げば割れる」と語るその言葉に、自然との対話が感じられた。

こけしは、工人と絵付師の分業によって作られる。木を削る者と、絵を描く者──その協働が、一本のこけしに命を吹き込む。鳴子のこけしは、山と人と湯の文化が結びついた象徴なのだ。

こけし柄の浴衣──祭りの美意識

祭りの夜、フェスティバルパレードでは、こけし柄の浴衣をまとった人々が温泉街を練り歩いていた。遠目には華やかだが、近づいて見ると、柄に描かれたこけしの表情が一体ずつ異なり、筆の揺らぎや目の描き方に職人の美意識が宿っているのがわかる。伝統と遊び心が共存する鳴子らしい意匠であり、町全体がこけしに染まる祝祭空間だった。

鳴子温泉郷の旅館やホテルで出される浴衣には、こけし柄があしらわれたものが多い。最初に見たときは「まさか浴衣まで…」と驚いたが、聞けば岩手の染物屋に特注しているという。鳴子の文化が、布の上にまで染み込んでいることに感嘆した。浴衣姿の子どもたちが、巨大な張りぼてこけしの後を楽しげに追いかける。その光景を見ながら、私は思った。こけしは、鳴子の文化そのものだ。木と湯と人の記憶が、一本の人形に凝縮されている。

鳴子温泉郷周辺の観光スポット

こけしと漆器の文化に触れた後は、鳴子温泉郷周辺の観光施設もぜひ巡りたい。まず外せないのが「鳴子峡」。紅葉の名所として知られ、深い渓谷に架かる大深沢橋からの眺めは圧巻。四季折々の自然美が、工芸の色彩感覚とも響き合う。

「日本こけし館」では、全国の伝統こけしの展示や制作工程の紹介があり、祭りの余韻を深めてくれる。さらに「潟沼」は、火山湖ならではの神秘的な青が印象的で、湯治文化と地形の関係を体感できる場所だ。

温泉街には足湯や共同浴場も点在し、旅館ではこけし柄の浴衣での滞在も楽しめる。鳴子は、手仕事と自然、湯と祈りが交差する文化の地。祭りと合わせて訪れることで、地域の魅力をより深く味わえる。

まとめ

鳴子のこけしと漆器は、単なる民芸品や工芸品ではない。湯治文化に根ざし、山の木と人の手が織りなす「暮らしの祈り」そのものだ。かつて木地師と呼ばれた職人たちは、今では「工人」として技を継承し、木を削り、絵を描き、漆を塗る。その手仕事は、土地の記憶を形にする営みであり、祭りの中で供養され、祝われ、次世代へと手渡されていく。

2025年の全国こけし祭りでは、供養祭に自らこけしを寄せ、絵付けを体験し、こけし柄の浴衣でパレードにも参加した。湯の町に響く太鼓の音、木の香り、漆の艶──それらすべてが、鳴子という土地の文化の深層を物語っていた。ここには、手の記憶が今も息づいている。

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