【宮城県】日本唯一の民俗文化「お正月様・伝承切り紙」の由来や歴史を訪ねるin南三陸町・上山八幡宮
宮城県には、他県には見られない独自の正月文化がある。それが「お正月様」と呼ばれる神棚飾りと、そこに添えられる「伝承切り紙(きりこ・御幣・おかざり)」の風習だ。白い半紙に鯛や御酒、御餅などの縁起物を切り抜き、神棚に飾ることで歳神様を迎える──この祈りのかたちは、三陸沿岸部を中心に今も連綿と続いている。
私はこの文化の由来と歴史を探るため、南三陸町志津川の上山八幡宮を訪れた。拝殿には、神職の工藤庄悦さんが手作業で奉製した切り紙が飾られていた。繊細な文様に込められた祈りは、神棚を荘厳に彩り、地域の人々の信仰を静かに物語っていた。
その光景を前に、私は幼い頃の記憶を思い出した。実家の神棚には、祖父母が毎年欠かさず「お正月様」と切り紙を飾っていた。白い紙に込められた祈りは、祖父母から私へと受け継がれ、今も私の暮らしの中に息づいている。
この文化が宮城県だけに残っている理由は、地理的条件と信仰の深さにある。物流が発達しなかった沿岸部では、紙に祈りを託すという発想が自然に根づいた。切り紙は、物質的な供物の代替ではなく、精神的な豊かさを象徴する民俗芸術でもある。
「お正月様・切り紙」は、ただの飾りではない。それは、祈りのかたちであり、地域の記憶であり、家族の営みだった。私はその由来と歴史を訪ねながら、紙に宿る祈りの意味を深く味わった。
参考
レファレンス協同データベース「宮城県で一般的に祀られている,一揃いの御神像「お正月様」について知りたい。」
東北歴史博物館「正月飾り」
KHB東日本放送「宮城・大崎地方で正月に飾る伝承切紙を紹介する企画展 大崎市松山」
「お正月様」とは──歳神を迎える宮城の呼び名
宮城県では、正月に神棚へお迎えする歳神様のことを親しみを込めて「お正月様」と呼ぶ。歳神とは、年の初めに各家庭に降り立ち、その年の五穀豊穣や家内安全、商売繁盛をもたらすとされる来訪神である。全国的には門松や注連縄、鏡餅などで歳神を迎えるが、宮城では神棚に特別な紙飾りを添えて祀るのが特徴だ。
この「お正月様」は、単なる御札ではない。神社から授与される御神札を中心に、鏡餅や御神酒、御幣、そして「きりこ」と呼ばれる切り紙細工を添えて、神棚を荘厳に飾る。これら一式をまとめて「お正月様」と呼ぶこともあり、地域によっては「おかざり」「御神像」「神棚飾り」といった呼称も用いられる。
参考
仙台東照宮「お正月様のおまつり」
宮城県神社庁「お正月様(御神像)をお受けになる皆様へ(お願い)」
なぜ紙なのか──祈りをかたちにする素材
宮城の正月飾りの最大の特徴は、紙を用いた「きりこ」や「御幣」「おかざり」といった切り紙文化である。紙は、古来より神聖な素材とされ、神事においては神の依代(よりしろ)や祓具として用いられてきた。白く清らかな紙は、神の宿る場所を示すと同時に、祈りをかたちにする媒体でもある。
特に三陸沿岸部では、かつて不漁や不作で供物が用意できない年も多く、実物の代わりに紙で供え物を象ったのが「きりこ」の始まりとされる。紙に鯛や御酒、餅、扇などの縁起物を切り抜き、神棚に飾ることで、神様への感謝と願いを表現した。
「きりこ」「御幣」「おかざり」──三つの紙飾り
宮城県内では、正月飾りの紙細工は大きく三つに分類される。
- きりこ(切り透かし形式):一枚の紙に吉祥文様や供物の図柄を切り抜いたもの。左右対称に折ってから切ることで、鯛や扇、御酒などが浮かび上がる。神棚の正面に飾られることが多い。
- 御幣(幣束形式):神の依代とされる紙飾りで、串に挟んで立てる。白い紙を折り重ねて左右対称にし、紙垂(しで)を垂らす。神棚の左右や屋敷神に供える。
- おかざり(紙注連形式):紙を折り、切れ込みを入れて立体的に仕上げる飾り。しで型が多く、神棚の周囲や玄関、台所などに飾られる。
これらはすべて、神職や地域の長老たちが手作業で奉製し、年末に氏子へ頒布される。仙台市や南三陸町、大崎市などでは今もこの文化が色濃く残っており、特に大崎市岩出山では「きりこ祭り」が開催されるなど、地域の誇りとして継承されている。
紙に託された願い
「お正月様・きりこ」は、単なる装飾ではない。それは、紙という素材に託された祈りのかたちであり、地域の信仰と暮らしが織りなす文化の結晶である。神棚に飾られた白い紙細工は、祖父母の手から私たちへと受け継がれ、今も静かに新年の訪れを告げている。
上山八幡宮・南三陸町のきりこ文化を訪れる
南三陸町志津川にある上山八幡宮を訪れたのは、年の瀬が迫る冷たい風の吹く日だった。杉木立に囲まれた境内は静かで、空気には凛とした緊張感が漂っていた。拝殿に足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは白く繊細な紙細工──きりこだった。鯛、御酒、御餅、御幣──それぞれが丁寧に切り抜かれ、神棚に祀られていた。
このきりこを作っているのは、神職の工藤庄悦さん。毎年12月になると、半紙を切り抜いてきりこを制作し、地域の人々に授与しているという。工藤さんは「新年も皆様の生活が平和でありますことを願って切っています」と語っていた。その言葉には、紙に祈りを込めるという行為の重みがにじんでいた。
その光景を前に、私は幼い頃の記憶がよみがえった。実家の神棚には、祖父母が毎年欠かさず「お正月様」ときりこを飾っていた。白い紙に込められた祈りは、祖父母の手から私の目に届き、今も私の暮らしの中に息づいている。祖父母は農家だった。五穀豊穣、家内安全、豊漁──それらを願って、毎年きりこを飾っていた。
紙に祈りを込めるという行為は、物質的な供物を超えた精神的な豊かさを求める文化だった。神棚に飾られた白い紙細工は、神様への感謝と願いをかたちにしたものであり、家族の営みそのものだった。私はその意味を、上山八幡宮の拝殿で静かに噛みしめた。
境内には、地域の人々が奉納したきりこも並んでいた。それぞれの家庭で祈りのかたちが異なり、切り抜かれた文様には個性が宿っていた。鯛の尾の曲線、御酒の器の丸み──それらは、手仕事の温もりと祈りの深さを物語っていた。
「お正月様・きりこ」は、ただの飾りではない。それは、祈りのかたちであり、地域の記憶であり、家族の営みだった。祖父母から私へと受け継がれたその文化が、今も宮城県で続いていることに、私は深い感慨を覚えた。そしてこれからも、紙に宿る祈りを受け継いでいきたい──そう静かに思った。
所在地: 〒986-0700 宮城県本吉郡南三陸町志津川上の山27−2
電話番号: 0226-46-3453
参考
南三陸町観光ポータルサイト「上山八幡宮 | 南三陸観光ポータルサイト」
南三陸さんさん市場『南三陸みんなのきりこプロジェクト』町内各所で展示中!
まとめ
宮城県の正月文化に息づく「お正月様・切り紙」は、歳神様を迎えるための神棚飾りとして、地域の人々の信仰と祈りをかたちにしてきた。白い半紙に鯛や御酒、御餅などの縁起物を切り抜き、神棚に飾る──この風習は、三陸沿岸部を中心に今も続いており、日本で唯一、宮城県だけに残る民俗文化とされている。
南三陸町の上山八幡宮では、神職が一枚一枚手作業で切り紙を奉製し、年末になると氏子に頒布している。その姿は、祈りをかたちにする営みそのものであり、地域の記憶を静かに継承する手仕事でもある。
私はこの文化の現場を訪れ、祖父母が毎年飾っていた神棚の記憶を思い出した。白い紙に込められた祈りは、祖父母の手から私の目に届き、今も私の暮らしの中に息づいている。物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさを求める文化──それが「お正月様・切り紙」の本質なのだと感じた。
この文化が宮城県にだけ残っている理由は、地理的条件と信仰の深さにある。物流が発達しなかった土地だからこそ、紙に祈りを託すという発想が自然に根づいた。仙台市や大崎市などでは今も神職が手作業で奉製し、地域の誇りとして継承されている。
「お正月様・切り紙」は、ただの正月飾りではない。それは、祈りのかたちであり、家族の営みであり、地域の記憶そのものだ。私はその由来と歴史を訪ねることで、紙に宿る祈りの意味を深く味わい、自分がその文化を受け継ぐ一人であることを静かに実感した。