【宮城県栗原市】発酵食品文化を訪ねるin鶴ヶ飴、栗原漬、川口納豆、綿屋

発酵とは、微生物と人の知恵が織りなす文化だ。私は地域文化を記録する仕事をしている。土地に根ざした食の技術や素材の背景、風土と人の営みが交差する場所を訪れ、現地の空気を感じながら文章にする──それが私の旅のかたちだ。

今回訪れたのは、宮城県栗原市。県北西部に位置し、栗駒山の裾野に広がるこの地は、豊かな自然と農業に恵まれ、古くから発酵食品の文化が根づいている。私はその理由を探るべく、栗原市を歩いた。

栗原市には、もち米と大麦だけで作る「鶴ヶ飴」、100年以上の歴史を持つ「栗原漬」、品質本位で75年の「川口納豆」、そして地元米と水で醸す銘酒「綿屋」など、発酵の力を活かした食品が数多く存在する。それらは、単なる保存食ではなく、土地の記憶と人の祈りが込められた味だった。

私は栗原漬本舗で漬物を買い、川口納豆の工場を訪れ、金の井酒造で綿屋を手にした。そしてそれらを持ち帰り、家でひとつひとつ味わった。口に含むたび、栗原の風土が静かに広がっていく──そんな体験だった。

この旅は、発酵という目に見えない営みを通して、栗原市の魅力を味わう時間だった。私はその記憶を、文章にして残したいと思った。

参考

[栗原観光情報]農産加工品・銘菓 - 宮城県公式ウェブサイト

川口納豆 – 品質本位で76年。全国納豆評議会受賞暦作品。宮城県栗原市一迫の川口納豆

栗駒漬本舗

発酵とは

発酵とは、微生物の働きによって食材が変化し、保存性や栄養価、風味が高まる現象である。日本の発酵文化は、麹菌・乳酸菌・酵母などの微生物を巧みに利用し、味噌・醤油・酒・納豆・漬物など多彩な食品を生み出してきた。

麹菌は、米や麦、大豆などに繁殖させることでアミラーゼやプロテアーゼなどの酵素を生成し、デンプンを糖に、タンパク質をアミノ酸に分解する。これが酒や味噌、醤油の旨味の源となる。納豆は、蒸した大豆に納豆菌(枯草菌)を加えて発酵させる食品で、腸内環境を整える働きがある。

近年では、発酵食品が「腸活」に役立つとして注目されている。腸内環境を整えることで免疫力が高まり、アレルギーや肌荒れ、疲労感の軽減にもつながるとされる。納豆や味噌、漬物などの発酵食品は、腸内の善玉菌を増やし、腸のバリア機能を高める働きがある。

発酵とは、自然の力と人の工夫が交差する場所に生まれる文化である。栗原市は、その条件──米・大豆・水・気候──が揃った土地だからこそ、発酵文化が根づいている。そしてその文化は、現代の健康意識とも静かに響き合っている。

参考

農林水産省「「発酵」の不思議

栗原市の発酵食品「鶴ヶ飴、栗原漬、川口納豆、綿屋」を訪ねる

栗原市の発酵文化を肌で感じるため、車で栗原市に向かった。宮城は北部に行くにつれて、奥羽山脈の山並みが美しく見える。特に栗駒山は地元の人からは「神の山」と形容されるほどに外観が美しい。

私はまず栗駒岩ヶ崎の岡本老舗を訪れた。江戸末期創業の和菓子屋で、看板商品は「鶴ヶ飴」。もち米と大麦だけで作られ、砂糖や甘味料を一切使わない自然な甘さが特徴だ。これは、発酵というより「酵素反応」に近いが、発酵文化の延長線上にある食品である。

鶴ヶ飴の甘さは、もち米と大麦に含まれるデンプンを、麹菌が生成する酵素「アミラーゼ」によって糖に分解することで生まれる。つまり、麹の力で素材の中に眠る甘みを引き出しているのだ。登米市の太白飴とも共通する技法で、米文化と麹文化が融合した味である。店内で一袋購入し、帰宅後に口に含むと、柔らかくキャラメルのように溶けていく。優しい甘さが広がり、どこか懐かしい味がした。

岡本老舗 菓子店

所在地:〒989-5301 宮城県栗原市栗駒岩ケ崎六日町38

電話番号:0228451052

次に訪れたのは、栗原漬本舗。創業百余年の漬物店で、栗原の食文化を支えてきた存在だ。店内には、しそ巻や味噌漬けなどが並び、私は「栗原漬」と名のついた詰め合わせを購入した。漬物は、野菜を塩や味噌、麹などに漬け込むことで、乳酸菌や酵母が働き、発酵が進む。特に味噌漬けは、麹菌によって生成された酵素が野菜の細胞壁を分解し、旨味を引き出す。乳酸菌の働きで酸味が加わり、保存性も高まる。

帰宅後、炊きたてのご飯とともに味わうと、野菜の旨味と発酵の深みが口の中に広がった。酒の肴にもぴったりで、思わず綿屋を開けた。

金の井酒造株式会社は、栗原市金成にある酒蔵で、銘酒「綿屋」を醸している。地元米と栗駒山系の伏流水を使い、丁寧に仕込まれた純米酒は、すっきりとした飲み口の中に米の旨味が広がる。酒造りは、麹菌による糖化と酵母によるアルコール発酵の二段階で進む。麹菌が米のデンプンを糖に変え、酵母がその糖をアルコールに変える──まさに発酵の連携プレーだ。

私は純米吟醸を購入し、栗原漬とともに味わった。酒と漬物──発酵の力が織りなす絶妙な組み合わせだった。

最後に訪れたのは、一迫にある川口納豆。品質本位で75年、全国納豆鑑評会でも受賞歴のある納豆メーカーだ。納豆は、蒸した大豆に納豆菌(枯草菌)を加えて発酵させる食品で、発酵によってアミノ酸やポリグルタミン酸が生成され、独特の粘りと旨味が生まれる。

川口納豆では、納豆菌の働きを最大限に活かすため、温度管理や発酵時間に細心の注意を払っている。納豆麹という言葉は一般的ではないが、納豆菌もまた「麹菌」と同様に微生物の力で素材を変化させる存在であり、発酵文化の一翼を担っている。工場直販で「仙台大粒」「宮城県産ひきわり」などを購入。帰宅後、地元米とともに納豆を味わうと、豆の香りと旨味がしっかりと感じられた。たれやからしを付けないのは、納豆本来の味を楽しんでほしいというこだわりだという。

㈲川口納豆

所在地:〒987-2306 宮城県栗原市一迫嶋躰小原10

電話番号:0228542536

この旅で私は、栗原市の発酵文化を五感で味わった。鶴ヶ飴、栗原漬、川口納豆、綿屋──それぞれが米と水、微生物と人の工夫によって生まれたものであり、栗原という土地の記憶を宿していた。

宮城県の発酵食品文化

宮城県は、全国でも有数の発酵食品文化が根づく地域である。その背景には、豊かな水系、肥沃な土壌、寒暖差のある気候、そして江戸時代から続く農業と醸造の歴史がある。県内各地に発酵食品の名品が点在し、地元の人々の暮らしと密接に結びついている。

まず挙げたいのが、仙台市を中心に広がる「仙台味噌」。伊達政宗が兵糧として味噌の生産を奨励したことから始まり、城下町に「御塩噌蔵」が設けられた。仙台味噌は米麹を使った赤味噌で、辛口で力強い味わいが特徴。長期熟成によって生まれる深いコクと芳醇な香りは、根菜や豚肉との相性が抜群で、味噌汁や煮込み料理に最適だ。仙台市内には、仙台味噌を扱う老舗醸造元や専門店が点在しており、地元の味として親しまれている。

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一方、大崎市は「ふつふつ共和国」というユニークなキャッチコピーを掲げ、発酵文化をまちづくりの柱に据えている。市内には味噌・醤油・日本酒・納豆・漬物などの発酵食品を手がける事業者が多数あり、発酵をテーマにしたイベントや商品開発も盛んだ。ふつふつ共和国という言葉には、微生物が静かに活動しながら、地域の食と経済をふつふつと支えているという意味が込められている。

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さらに、宮城県内には麹専門店も複数存在する。仙台市や加美町、大崎市などでは、米麹や塩麹、甘酒などを扱う専門店が地元の食卓を支えており、発酵調味料の使い方を教えるワークショップも開催されている。麹は発酵の起点となる存在であり、味噌・酒・漬物・甘酒など、あらゆる発酵食品の基盤を担っている。

このように、宮城県は発酵文化が生活に根づいた「微生物の王国」とも言える土地だ。栗原市の鶴ヶ飴や川口納豆、金の井酒造の綿屋もその一翼を担っており、県全体で発酵の魅力がふつふつと息づいている。

まとめ

栗原市の発酵文化は、栗駒山の豊かな水系と、宮城県北部に広がる肥沃な土壌、そして人々の工夫と祈りが織りなす味の記憶だった。江戸時代、伊達政宗の水田開拓奨励によって河川沿いに水田が整備され、米・大豆・麦の生産が盛んになったこの地は、発酵食品づくりに理想的な環境を備えている。

鶴ヶ飴は、もち米と大麦のデンプンを麹菌のアミラーゼで糖化することで生まれる自然な甘味を持ち、栗原漬は味噌や麹による乳酸発酵で野菜の旨味を引き出す。川口納豆は、納豆菌の働きによって大豆を発酵させ、粘りと香りを生み出す。綿屋の酒は、米の糖化と酵母によるアルコール発酵の連携によって醸される、栗原の水と米が宿る一杯だ。

私はそれらを実際に購入し、家でひとつひとつ味わった。口に含むたび、栗原の風土が静かに広がっていく──そんな体験だった。発酵とは、目に見えない微生物の営みの中に、土地の記憶と人の知恵が込められている。

栗原市の発酵文化は、今も静かに息づいている。そしてそれは、現代の健康意識──腸活や免疫力向上──とも響き合いながら、未来へと受け継がれていく。私はその文化を、味わい、記録し、伝えていきたいと思った。

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