【宮城県仙台市】全国1位人気土産「萩の月」の理由や名前の由来、仙台萩・宮城野萩との関係をたずねるin菓匠三全本店
旅先で出会う味には、その土地の風景や歴史、そして人々の心が宿っている。宮城県仙台市を代表する銘菓「萩の月」もまた、そうした“土地の記憶”をかたちにした一品だ。日本経済新聞の読者ランキングにおいて、全国人気土産ランキング1位を記録。なぜ仙台土産が全国で最も人気になっているのか。ふんわりとしたカステラに包まれたまろやかなカスタードクリーム。その優しい甘さは、どこか懐かしく、そしてどこか雅な余韻を残す。
「萩の月」という名は、単なる風流な響きではない。萩は宮城県の県花であり、仙台市の市花でもある。古今集や新古今集などの和歌には「宮城野の萩」がたびたび詠まれ、秋の風情や恋の情念を象徴する存在として親しまれてきた。宮城野は、平安時代から歌枕として名高く、文学の舞台としても重要な地である。
また、仙台藩伊達家のお家騒動を題材にした歌舞伎『伽羅先代萩』では、「先代」と「仙台」が掛詞として用いられ、「萩」が仙台の象徴として登場する。こうした文化的背景が、「萩の月」という商品名に込められていて、仙台と聞くだけで、どこか雅な雰囲気を想起してしまうのだ。
昭和54年の発売以来、「萩の月」は仙台土産の定番として愛され続けてきた。脱酸素剤「エージレス」を業界で初めて導入し、常温保存と日持ちを実現。さらに、松任谷由実がラジオで「冷凍して半解凍で食べるのが好き」と紹介したことで、全国的なブームに火がついたという。
私はこの銘菓の背景をより深く知るため、製造元である菓匠三全の本店を訪ね、そして「萩の月」に込められた仙台の風土と詩情を辿る旅に出た。
参考
日本経済新聞「萩の月・白い恋人… 読者が選ぶベスト銘菓土産」
菓匠三全「NIKKEIプラス1「ベスト銘菓土産ランキング」 全国第1位!」
萩の月とは
「萩の月」は、宮城県仙台市に本社を構える菓匠三全が昭和54年(1979年)に発売した和洋折衷の銘菓である。ふんわりとしたカステラ生地の中に、まろやかでやさしい風味のオリジナルカスタードクリームがたっぷりと詰まっており、その丸い形はまさに満月を思わせる。
商品名の由来は、萩が咲き乱れる宮城野の空にぽっかりと浮かぶ名月の風景をイメージしたもの。萩は宮城県の県花であり、仙台市の市花でもある。古今集や新古今集などの和歌には「宮城野の萩」がたびたび詠まれ、秋の風情や恋の情念を象徴する存在として親しまれてきた。
発売当初は、東亜国内航空の仙台・福岡便の機内菓子として採用され、旅人の口に触れる機会が増えた。さらに、業界で初めて脱酸素剤「エージレス」を導入し、常温保存と日持ちを実現。これにより、持ち運びや贈答に適した土産菓子としての地位を確立した。
その後、松任谷由実がラジオ番組で「萩の月を冷凍して半解凍で食べるのが好き」と紹介したことで、全国的なブームに火がついたという。冷凍して食べると、アイスケーキのような食感が楽しめるという新しい魅力が加わり、今では仙台を代表する土産として不動の人気を誇っている。
日持ちは?どこで買える?オンラインショップは?
「萩の月」は、旅のお土産として理想的な仕様を備えた銘菓である。最大の特徴は、常温保存が可能であること。業界で初めて導入された脱酸素剤「エージレス」によって、カスタードクリーム入りの生菓子でありながら、賞味期限は約10日〜2週間と長めに設定されている。冷蔵や冷凍を必要とせず、持ち運びや贈答にも適しているため、観光客や帰省客にとって非常にありがたい存在だ。
購入場所も充実しており、仙台市内の主要な交通拠点や観光地で手に入れることができる。代表的な販売店は以下の通りだ。
- 菓匠三全 広瀬通り大町本店(仙台市青葉区大町2-14-18)
- 仙台駅構内 おみやげ処せんだい1号店(仙台市青葉区中央1-1-1)
- ずんだ茶寮 仙台国際空港店(名取市下増田字南原 仙台国際空港2F)
下記の公式オンラインショップでも購入可能なようだ。サイズ展開も豊富で、5個入りの簡易箱(約1,000円)から、贈答用の20個入り(約5,000円)まで揃っており、用途に応じて選べるのも嬉しいポイント。仙台を訪れた際には、駅や空港で気軽に購入できる「萩の月」が、旅の記憶を甘く彩ってくれるだろう。(※価格は2025年時点サイト確認時のもの)
菓匠三全公式オンラインショップ:歴史と味の菓匠三全 「萩の月」
参考
仙台市観光協会「株式会社 菓匠三全 | 【公式】仙台観光情報サイト - せんだい旅」
宮城野萩・仙台萩という歌枕
宮城野萩と仙台萩は同一の萩を指しており、「宮城野(みやぎの)」は、古典文学において「歌枕」として名高い地名の一つである。歌枕とは、和歌に詠まれることで特定の情景や感情を喚起する地名のことで、宮城野はその代表格として、平安時代から多くの歌人に愛されてきた。
宮城野は、現在の仙台市東部に広がる野原地帯を指し、古くは「もとあらの小萩」などと詠まれたように、萩の群生地として知られていた。『古今和歌集』には、
宮城野のもとあらの小萩つゆを重み風をまつごと君をこそまて
という歌が収められており、萩に降りた露が風を待つように、恋人を待つ心情を重ねている。このように、宮城野は萩とともに詠まれることで、秋の風情や恋の切なさを象徴する場所となった。
また、芭蕉も『奥の細道』の旅で仙台を訪れ、宮城野の萩を見て「秋の気色思ひやらるゝ」と記している。歌枕としての宮城野は、文学と風景が重なり合う、詩的な空間なのである。
ちなみに宮城には他にも「木下」「榴ヶ岡」「緒絶橋」「武隈の松」といった歌枕があり、古来より都の人が東北を想いを寄せていたことが分かる。宮城県は、そういった雅な文化都市としての位置を確立している全国的にも希少な都市である。
宮城野の萩と和歌・俳句
萩は、万葉集以来、秋の代表的な花として数多くの和歌に詠まれてきた。特に宮城野の萩は、歌枕としての地名と結びつき、文学的な象徴としての地位を確立している。
たとえば、『伊勢集』には、
萩の月ひとへに飽かぬものなれば涙をこめて宿してぞみる
という歌があり、萩と月が一体となって詠まれている。涙に月を宿すという幻想的な表現は、萩の儚さと月の静けさを巧みに融合させている。
『新古今集』には藤原良経の、
故郷のもとあらの小萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ
という歌があり、萩の咲く庭に月が映る情景が描かれている。藤原定家も、
秋といへば空すむ月を契りおきて光まちとる萩の下露
と詠み、萩と月の取り合わせを秋の象徴として表現している。
俳句では、松尾芭蕉が『奥の細道』で詠んだ
一家に遊女もねたり萩と月
という句が有名だ。この句は、北陸道の難所・市振の宿での一夜を描いたもので、遊女たちと同じ宿に泊まった夜、萩と月が静かに照らす情景が詠まれている。虚構とも言われるこの一節には、芭蕉の旅の孤独と、萩と月が象徴する儚さが重ねられている。
参考
宮城県花である宮城野萩の重要性
萩は、宮城県にとって特別な意味を持つ花である。昭和30年、NHKや植物友の会、全日本観光連盟などが共催した「郷土の花」選定事業において、植物学者・牧野富太郎らの推薦により「ミヤギノハギ」が宮城県の県花に選ばれた。
この選定は条例による公式なものではないが、県民の間では広く認知され、現在では宮城県のシンボルとして親しまれている。昭和41年には、県旗の図案にもミヤギノハギが採用され、県章の中央の葉が宮城県の悠久と発展を、左右の葉が県民の融和・協力と郷土愛を表している。
仙台市の市花も「ハギ」であり、地域全体で萩を大切にする文化が根付いている。秋になると、宮城野の公園や庭園では萩が咲き誇り、地元の人々がその風情を楽しむ姿が見られる。萩は、宮城の自然と文学、そして人々の心をつなぐ花なのだ。
「萩の月」という銘菓が、こうした文化的背景を踏まえて命名されたことは、単なるネーミング以上の意味を持つ。萩と月が織りなす詩情は、宮城の風景と心を象徴するものであり、旅人の記憶に深く刻まれるのである。
参考
宮城県「宮城県のシンボル」
仙台市青葉区にある菓匠三全本店へ
仙台市青葉区大町。広瀬通り沿いにある菓匠三全本店は、街の喧騒の中にありながら、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせていた。ガラス張りの外観からは、店内の明るさと清潔感が伝わってくる。私は平日の午後、ふらりと立ち寄ってみた。
店内に入ると、まず目に飛び込んできたのは「萩の月」の美しいパッケージ。淡い黄色の箱には、萩の花と満月が描かれており、仙台の風景がそのまま形になったようだった。並んでいたのは5個入りの簡易箱から、20個入りの贈答用まで。用途に応じて選べるのも嬉しい。
スタッフの対応は丁寧で、商品の説明も親切だった。「萩の月は、宮城野の萩と満月をイメージしたお菓子です」と笑顔で語ってくれたその言葉に、地元の誇りとまごころが感じられた。私は6個入りの箱を購入し、近くの西公園で一つを開けてみた。
包みを開けると、ふわふわのカステラに包まれた丸い菓子が現れる。口に運ぶと、カスタードクリームのやさしい甘さが広がり、どこか懐かしい気持ちになる。冷凍して半解凍で食べるとアイスケーキのようになると聞き、次はその食べ方も試してみようと思った。
本店には、萩の月以外にも「伊達絵巻」や「ずんだ餅」など、季節の和菓子が並んでいた。地元の人々が日常的に訪れる場所でありながら、観光客にも開かれた空気が心地よい。仙台の文化と味が交差するこの場所で、「萩の月」は単なる菓子ではなく、土地の記憶を語る語り部のように感じられた。
所在地:〒980-0804 宮城県仙台市青葉区大町2丁目14−18 菓匠三全
電話番号:0222633000
まとめ
仙台銘菓「萩の月」は、ただの甘いお菓子ではない。それは、宮城野に咲く萩と、秋の夜空に浮かぶ名月をかたどった、仙台の風土と文化を映す象徴的な存在だ。昭和54年の発売以来、ふんわりとしたカステラとまろやかなカスタードクリームの絶妙なバランスで、全国の人々の心をつかみ、今では“日本一の人気土産”と称されるまでになった。
その名に込められた「萩」と「月」は、古典文学の世界で幾度となく詠まれてきた組み合わせであり、宮城野は歌枕として平安時代から多くの歌人に愛された地。芭蕉も『奥の細道』で仙台を訪れ、萩の群生に秋の気配を感じ取っている。こうした文学的背景が、「萩の月」という商品名に深みを与えている。
また、宮城県の県花「ミヤギノハギ」は、昭和30年に植物学者・牧野富太郎らの推薦により選定され、県章や市花にも採用されている。萩は、宮城の自然と文化、そして人々の心をつなぐ花なのだ。
技術面でも「萩の月」は革新を遂げてきた。脱酸素剤「エージレス」の導入により常温保存と日持ちを実現し、旅人に優しい設計となった。冷凍して半解凍で食べるという新しい楽しみ方も広まり、仙台駅や空港、本店などで気軽に購入できる。
実際に菓匠三全本店を訪れてみると、スタッフの丁寧な対応と店内の落ち着いた雰囲気に、仙台のまごころが感じられた。「萩の月」は、仙台の風景と心をかたちにした銘菓であり、旅の記憶を甘く彩る語り部でもある。萩と月が織りなす詩情は、これからも多くの人々の心に静かに灯り続けるだろう。