【宮城県大崎市】こけし発祥地「鳴子こけし」の特徴や由来は?作家一覧や絵付け体験、こけし祭りを解説
宮城県大崎市鳴子温泉郷。湯けむりが立ちのぼるこの町には、もうひとつの名物がある。東北三大こけしのひとつに数えられる「鳴子こけし」だ。赤・黒・黄の彩色、胴に描かれた菊模様、そしてくるくると回る頭部——その愛らしい姿は、湯治文化とともに育まれてきた。またこけし産地としては間違いなく日本最大だ。最多のこけし作家(工人)の数、日本最大のこけしコレクションを誇るこけし資料館やこけし祭り。鳴子ではこけし文化が生きている。
鳴子こけしは、単なる土産物ではない。江戸時代末期、湯治客が子どもへの土産や旅の記念として持ち帰ったのが始まりとされるが、その背景には、木地師たちの技と誇り、そして土地の風土が深く関わっている。こけしは、木の温もりと人の手仕事が生んだ、静かで力強い文化のかたちだ。
今回私は、鳴子こけしの魅力とその源流を探るべく、実際に鳴子の町を歩いた。桜井こけしや岡崎こけし、老舗の髙亀など、工人の工房を訪ね、準喫茶カガモクやカフェGUTTOで雑貨や絵付け体験を楽しみ、日本こけし館や岩下こけし資料館でその歴史と系譜に触れた。
鳴子駅前の「こけし通り」や、鳴子郵便局の「こけしポスト」など、町のあちこちにこけしの気配がある。こけしはこの町の風景の一部であり、暮らしの中に息づいている。この記事では、鳴子こけしの特徴や由来、販売店、作家、絵付け体験まで、現地で感じた魅力を余すことなくお届けしたい。
参考
宮城の伝統的工芸品/宮城伝統こけし - 宮城県公式ウェブサイト
所在地:宮城県大崎市鳴子温泉
鳴子こけしとは
鳴子こけしは、宮城県大崎市鳴子温泉郷で生まれた伝統こけしの代表格だ。東北地方には11系統の伝統こけしがあるが、その中でも鳴子系は最も知名度が高く、全国のこけしファンから“聖地”と呼ばれている。
鳴子こけしの最大の特徴は、頭が胴体に対して回転する構造にある。これは「キコキコ」と音を立てて回る仕掛けで、子どもたちの玩具としての役割を果たしてきた。さらに、赤・黒・黄を基調とした彩色、胴に描かれる菊の花模様、そしてすっきりとした面立ちの表情が、鳴子こけしならではの魅力を形作っている。
このこけしが生まれた背景には、鳴子温泉の湯治文化がある。江戸時代、湯治に訪れた人々が長期滞在する中で、地元の木地師たちが子ども向けの玩具としてこけしを作り、土産物として販売したのが始まりとされる。つまり、鳴子こけしは、湯とともに生きる町の暮らしの中から自然に生まれたものなのだ。
また、鳴子こけしは「系列」と呼ばれる家系ごとの型が存在するのも特徴だ。桜井系、岡崎系など、工人ごとに微妙に異なる形や表情、彩色があり、同じ鳴子こけしでもまったく違った個性を持っている。これは、師匠から弟子へと受け継がれる技術と美意識の積み重ねによるものであり、まさに“生きた工芸”といえる。
鳴子こけしは、ただの郷土玩具ではない。木の香りとともに、職人の手の温もりが伝わってくる。湯治文化、木地師の技、そして土地の風土が織りなす、鳴子こけしは、鳴子という町そのものの記憶を宿した存在なのだ。
参考
大崎市「鳴子こけし」
鳴子温泉観光協会「鳴子温泉の楽しみ方 こけし」
こけしの語源と由来
「こけし」という言葉の語源には諸説ある。もっとも有力とされるのは、「木芥子(こけし)」という表記が転じたという説だ。木で作られた芥子人形、つまり小さな木の人形という意味である。他にも「子消し」説や「小芥子(こけし)」説などがあるが、いずれも共通しているのは、こけしが子どもと深く関わる存在だったという点だ。
こけしの起源は、江戸時代末期にさかのぼる。東北地方の山間部では、木地師と呼ばれる職人たちが、山の木を使って椀や盆などの木工品を作っていた。彼らが副業として、湯治場で子ども向けの玩具として作ったのが、こけしの始まりとされる。鳴子温泉はその代表的な産地であり、こけしの発祥地のひとつとされている。
鳴子系こけしの特徴は、先述のように頭が回る構造と、胴に描かれる華やかな模様にあるが、それ以上に重要なのは「系列」の存在だ。鳴子こけしには、工人の家系ごとに受け継がれる型があり、たとえば桜井こけしの流れを汲むものは、やや面長で優しい表情をしている。一方、岡崎系は丸みを帯びた顔立ちと繊細な筆致が特徴的だ。
このように、こけしは単なる民芸品ではなく、師弟関係と家系の中で受け継がれてきた“系譜”を持つ工芸品である。工人たちは、先代の型を守りながらも、自らの感性を加え、時代に合わせた表現を模索している。
こけしはまた、祈りのかたちでもある。子どもの健やかな成長を願う気持ち、旅の無事を祈る心、湯治の癒しを持ち帰りたいという願望——それらがこけしの姿に込められている。鳴子こけしは、木と人のあいだに生まれた、静かな祈りのかたちなのだ。
参考
岩下こけし館「こけしの起源」
日本こけし館「伝統こけしの殿堂」
鳴子こけしの作り方・製作
鳴子こけしづくりは、秋に伐採されたミズキやイタヤカエデなどの原木を、葉をつけたまま乾燥させることから始まる。冬には皮を剥ぎ、井桁に組んで雪の中で自然乾燥。春には木の割れを防ぐため、一本一本の状態を見極め、夏には屋内でさらに乾燥・製材を行う。こうして約一年かけて木地が整えられる。
乾燥した木材はろくろに固定され、カンナ棒や薄刃を使って胴体と頭部を削り出す。鳴子系特有の「はめ込み式」で頭を胴に差し込み、回転する構造を作る。仕上げには「とくさ」や「いな草」といった天然のヤスリで艶を出す。
最後に、工人が筆で表情や模様を描く「描彩」の工程へ。菊模様や色使いは家系ごとに異なり、一本一本に個性が宿る。こうして鳴子こけしは、木と季節と人の手が織りなす、祈りのかたちとして完成する。
参考
NHK「鳴子のこけし|地域」
桜井こけし店「桜井こけしができるまで」
鳴子こけしの販売店と鳴子こけし作家一覧
鳴子温泉駅を出ると、すぐ目に入るのが「こけし通り」の看板だ。駅前から温泉街へと続くこの通りには、こけしのモニュメントや看板が並び、町全体がこけしを迎える空気に包まれている。歩いているだけで、こけしがこの土地の文化であることが伝わってくる。
桜井こけし店
まず訪れたのは、駅からほど近い「桜井こけし店」。工房では桜井昭広氏が、父・昭二氏の流れを汲むこけしを制作していた。花渕山を望む静かな空間で、ろくろを回す音と筆の走る気配が心地よい。店内には、面長で優しい表情のこけしが並び、一本一本に手仕事の温もりが宿っていた。伝統的な鳴子こけしや「ねまりこ」はもちろん、東京やフランスの工芸展にも精力的に出展しているようで、モダンデザインのこけし「花みずき」もあった。
所在地:〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元26−6
電話番号:0229873575
こけしの岡仁
次に向かったのは「こけしの岡仁」。岡崎靖男氏らがそれぞれの個性を活かしたこけしを制作しており、丸みを帯びた顔立ちと柔らかな彩色が印象的だった。道路に面した工房では、木地を削る音が響き、こけしが“生きている”ことを実感する。鳴子こけしの由来や歴史について教えていただいた。「こけし職人としてやっていけるようになったのは戦後からで、それまでは木地師として器や漆器をやっていた」と聞いた。こけし作家(工人)たちが元は木地師として修行していたことを思い出し、伝統と格を感じた。
所在地:〒989-6822 宮城県大崎市鳴子温泉新屋敷51
電話番号:0229834051
老舗「髙亀」
老舗「髙亀」では、高橋武俊氏のこけしが並ぶ。力強い筆致と、どこか懐かしい佇まいが魅力で、伝統を守りながらも現代的な感性を感じさせる作品が多かった。店内には、昭和のこけしから令和の新作までが並び、時代の流れを感じる展示だった。過去に民芸運動家とのつながりがあったようで、柳宗理デザインの「鳩笛」も販売されていた。
所在地:〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元88
電話番号:0229833431
川渡温泉「準喫茶カガモク」
こけし雑貨を探すなら川渡温泉「準喫茶カガモク」がおすすめだ。店内にはこけしモチーフの懐紙や文具、手ぬぐいなどが並び、カフェスペースではこけしを眺めながらコーヒーを楽しめる。机やミルクピッチャー、スプーンなどすべてが「こけしデザイン」になっていて、まるで「こけしのテーマパーク」だ。こけしが暮らしの中に自然に溶け込んでいることを実感できる場所だった。
所在地: 〒989-6711 宮城県大崎市鳴子温泉川渡49−49
こけし作家はまだ修行中の方も含め多くいる。詳細は下記のサイトを見ると工人が一覧になっている。
そして、鳴子郵便局の「こけしポスト」は旅人に人気の撮影スポット。赤いポストの上にちょこんと乗ったこけしは、町のアイコンとして親しまれている。手紙を出すだけで、こけしと旅の記憶が重なるような気がした。
鳴子の町を歩けば、こけしは単なる工芸品ではなく、風景の一部であり、人々の暮らしに寄り添う存在だとわかる。
鳴子こけしの絵付け体験
鳴子こけしの魅力は、見るだけでは味わい尽くせない。実際に絵付けを体験することで、木の感触や筆の流れ、色の重なりを通して、こけしの“生まれる瞬間”に立ち会うことができる。
cafe gutto
まず訪れたのは「cafe gutto」。店内では、こけし型の最中に絵付けをするユニークな体験ができる。最中の表面に筆で模様を描き、食べる前に自分だけのこけしを完成させる。甘味と工芸が融合したこの体験は、観光客にも人気で、こけし文化を気軽に楽しめる入り口となっている。
所在地:〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元27−2 2
日本一のこけしコレクション「日本こけし館」
次に向かったのは「日本こけし館」の絵付け体験。館内には童謡作家の深沢要氏が寄贈した全国の伝統こけしが系統別に展示されており、こけし資料としては日本最大。鳴子系こけしの特徴を改めて学ぶことができる。絵付け体験コーナーでは、白木のこけしに自由に模様を描くことができ、工人の見本を参考にしながら、自分だけのこけしを仕上げる。筆を持つと、思いのほか難しく、工人の技術の高さを実感した。
所在地:〒989-6827 宮城県大崎市鳴子温泉尿前74−2
こけしの首が落ちた「岩下こけし資料館」
「岩下こけし資料館」では、鳴子こけしの歴史と工人の系譜を学ぶことができる。岩下こけし資料館は、県道47号線館内に店舗の路面側に巨大こけし塔があり、積雪が折れたことがニュースで話題になった。クラウドファンディングで修理費用を募集し、2、3日で目標金額を達成。いかに岩下こけし資料館が老舗こけし店として愛されてきたのかが分かる。館内にあh昭和初期のこけしや、工人の写真、道具などが無料展示されており、こけしがどのように受け継がれてきたかがわかる。絵付け体験も可能で、遊佐氏が丁寧に指導してくれる。木の香りに包まれながら筆を走らせる時間は、静かで豊かなひとときだった。
参考
岩下こけし資料館「こけし絵付け体験」
所在地: 〒989-6826 宮城県大崎市鳴子温泉古戸前80
電話番号: 0229-83-3725
絵付け体験は、こけしを“見る”から“つくる”へと導いてくれる。木に触れ、色を重ねることで、こけしが単なる工芸品ではなく、手仕事の記憶であることを実感する。鳴子こけしは、触れることで深まる文化なのだ。
こけし全11系統が集まる日本最大の「全国こけし祭り・鳴子漆器展」
鳴子こけしの魅力が最も華やかに表れるのが、毎年9月に開催される「全国こけし祭り」だ。鳴子温泉郷を舞台に、全国の伝統こけしが一堂に会するこの祭りは、こけしファンにとっての聖地巡礼ともいえる。
祭りでは、旧鳴子小学校体育館の展示即売会場において、各地の工人が自作のこけしを持ち寄り、展示・販売を行う。鳴子系だけでなく、津軽系、作並系、土湯系など、東北各地のこけしが並び、系統ごとの違いを間近で見ることができる。工人との交流も盛んで、こけしに込められた思いや技術を直接聞ける貴重な機会だ。こけしの絵付け体験やスタンプラリー、こけしグッズの販売など、観光客も楽しめる企画が多数用意されている。こけしを知らなかった人も、祭りを通じてその魅力に触れ、ファンになることが多いという。
近年では、若手工人の活躍も目立っている。伝統を守りながらも、現代的な色使いやデザインを取り入れたこけしが登場し、SNSなどを通じて新たなファン層を獲得している。鳴子こけしは、進化を続ける工芸品として、未来へと歩みを進めている。
また夜になると、伝統こけしをオマージュした「張りぼてこけし」や「顔ぼてこけし」が登場する。鳴子温泉駅前のこけし通りを、鳴子踊りと共に練り歩くのだ。詳細に関しては下記の記事に書いている。
こけしは、木と人のあいだに生まれる祈りのかたちだ。鳴子の町で出会ったこけしは、どれも静かに語りかけてくるようだった。全国こけし祭りは、その声を聞くための場であり、こけし文化の継承と発信の場でもある。
鳴子こけしは、過去の記憶を宿しながら、今を生き、未来へと手渡されていく。湯と木と人が織りなすその姿は、これからも変わらず、静かに力強く、私たちの心に寄り添ってくれるだろう。
まとめ
鳴子こけしは、宮城県鳴子温泉郷で湯治文化とともに育まれてきた伝統工芸品だ。赤・黒・黄の彩色、胴に描かれる菊模様、そして回る頭部——その造形には、木地師の技術と土地の記憶が刻まれている。
鳴子の町を歩けば、こけしは暮らしの中に自然に溶け込んでいることがわかる。駅前のこけし通り、鳴子郵便局のこけしポスト、工人の工房、雑貨店、資料館——町のあちこちにこけしの気配がある。こけしは、風景の一部であり、人々の誇りでもある。
絵付け体験を通じて、こけしが“見るもの”から“つくるもの”へと変わる瞬間に立ち会うことができた。木に触れ、色を重ねることで、こけしが手仕事の記憶であることを実感する。工人の筆の流れには、世代を超えて受け継がれてきた技と祈りが宿っていた。
全国こけし祭りでは、鳴子こけしをはじめ、東北各地のこけしが集まり、工人とファンが交流する。伝統を守りながらも、若手工人による新しい表現も生まれており、鳴子こけしは今も進化を続けている。
鳴子こけしは、湯と木と人が織りなす文化の象徴だ。静かで力強く、そしてやさしい——その姿は、鳴子という町そのものの記憶を宿している。こけしと出会う旅は、土地と人の関係を見つめ直す時間でもあった。
