【宮城県栗原市】郷土料理「えびもち」を訪ねてin一迫・若柳(わかやなぎ)レシピや販売店
私は地域文化ライターとして、日本各地に息づく風習や食文化を掘り起こし、現代の言葉で伝える仕事をしている。なぜそれを続けているのか──それは、文化の本質が制度や建築だけでなく、日々の暮らしの中にこそ宿っていると信じているからだ。特に郷土料理には、その土地の気候、産業、信仰、そして人々の知恵が凝縮されている。だからこそ、私は「食べる」ことで地域の声を聞き、「書く」ことでその記憶を共有したいと願っている。
今回訪れたのは、宮城県栗原市。目的は、栗原に根づく餅文化を体感すること。米どころとして知られるこの地では、餅が祝いの場だけでなく、日常の中にも深く根づいている。その象徴とも言える郷土料理「えびもち」、そしてその進化形「えびしそもち」を味わいながら、栗原の食文化の奥行きを探る旅が始まった。
参考
栗原市とは──内陸の米どころに育まれた餅のまち
栗原市は、宮城県北西部に位置する内陸のまち。古くから稲作が盛んで、「三年一作」とも言われるほど、自然災害と向き合いながら米づくりを続けてきた土地だ。その中で育まれたのが、餅を中心とした食文化。冠婚葬祭はもちろん、正月や彼岸、農作業の節目など、年間70日以上餅を食べる日があったという記録もある。
餅は神仏への供物であり、家族の絆を結ぶ食でもあった。餅をつくことは、単なる調理ではなく、共同作業であり、語りの場でもあった。栗原では今でも一家に一台餅つき機がある家庭が多く、餅は暮らしの中に自然に溶け込んでいる。
参考
くりはらツーリズムネットワーク:栗原のふつう【002】えびもち
栗原市「もち愛ス」
えびもちとは──紅白の彩りに込められたご馳走の記憶
栗原の餅料理の中でも、特に印象的なのが「えびもち」。沼で採れた小さな沼エビを醤油と酒で調味し、つきたての餅に絡めた料理である。エビは火を通すと赤くなり、餅の白と合わさって紅白の彩りとなるため、正月やお客様を迎える場でのご馳走として重宝されてきた。
私が訪れた「わかやなぎ農産物直売所くりでん」では、地元の生産者が手づくりしたえびもちが販売されていた。パックを開けると、餅の上に小さなエビがそのままの姿で乗っている。初めて見る人には少し驚きがあるかもしれないが、これこそが栗原の「ふつう」のご馳走なのだ。
ひと口食べると、餅の柔らかさとエビの香ばしさが絶妙に絡み合う。エビは小さいながらも旨味が濃く、醤油の風味と合わさって、素朴ながらも深い味わいがある。餅はしっかりとした弾力があり、冷めても硬くならないのが印象的だった。これは、土地の米と技術が生み出す力だと感じた。
わかやなぎ農産物直売所くりでん
所在地:〒989-5501 宮城県栗原市若柳川北塚ノ根27−1
電話番号:0228327707
もちっ小屋でんの「えびしそもち」
次に訪れたのは、栗原市一迫にある「もちっ小屋でん」。ここでは、伝統的なえびもちをベースに、現代の味覚に合わせて改良した「えびしそもち」が販売されている。パッケージには「宮城の郷土料理をアレンジ」と書かれており、地域文化を守りながらも進化させようという姿勢が感じられた。
えびしそもちは、餅の中に刻んだしそが練り込まれており、上には甘辛く煮た沼エビがたっぷりと乗っている。見た目は華やかで、しその緑とエビの赤が美しく映える。家に持ち帰って温めて食べると、しその爽やかな香りがふわりと立ち上がり、エビの旨味と甘辛さが餅に絡んで、まるで和風のタパスのような印象を受けた。
伝統的なえびもちが「素朴で力強い味」だとすれば、えびしそもちは「繊細で香り高い味」。どちらも栗原の土地が育んだ味だが、食べ手の世代やシーンによって選ばれるべき一椀が変わるのだろう。もちっ小屋でんの取り組みは、郷土料理を「懐かしさ」だけでなく「新しさ」としても伝える試みとして、非常に意義深いと感じた。
所在地:〒987-2308 宮城県栗原市一迫真坂本町2
電話番号:0228522602
ふすべ餅とのつながり
栗原市の餅文化を語る上で忘れてはならないのが「ふすべ餅」だ。これは、焼いて乾燥させたドジョウを粉末にし、ごぼうや大根と炒めて唐辛子で味付けした餡を、つきたての餅に絡めて食べる郷土料理。海から遠い内陸の栗原では、沼エビやドジョウなどが貴重なタンパク源であり、餅と組み合わせることで栄養と満足感を得ていた。
ふすべ餅は、寒い季節には身体を温め、暑い夏には食欲を増進させる料理として重宝されてきた。えびもちもまた、沼エビという内陸の恵みを活かした料理であり、ふすべ餅と同じく「土地の知恵」が詰まっている。餅は、ただの主食ではなく、地域の素材と結びつくことで、文化の語り部となるのだ。
えびもちのレシピ──栗原の台所から生まれた紅白のご馳走
えびもちは、栗原市を中心に受け継がれてきた郷土料理。小さな沼エビを醤油と酒で調味し、つきたての餅に絡めて食べる素朴な一椀だ。紅白の彩りが祝いの場にふさわしく、正月や来客時のもてなし料理として親しまれてきた。以下は、家庭でも再現できる代表的なレシピの一例。
【材料(4人分)】
・つきたての餅:8個
・沼エビ(小エビ):100g
・醤油:大さじ2
・酒:大さじ1
・みりん:大さじ1
・砂糖:小さじ1(好みで)
・油:少々
【作り方】
- 沼エビは軽く洗い、水気を切る。
- フライパンに油を熱し、エビを炒める。
- 醤油・酒・みりん・砂糖を加え、汁気が少し残る程度まで煮詰める。
- 餅を焼くか茹でて温め、器に盛る。
- 上からエビ餡をたっぷりかけて完成。
エビの香ばしさと餅の柔らかさが絶妙に絡み合い、素朴ながらも深い味わいが楽しめる。
周辺の観光スポット
栗原市一迫は、餅文化だけでなく、歴史と自然が静かに息づく地域でもある。えびもちを購入した「もちっ小屋でん」の周辺には、地元の人々に親しまれる観光スポットが点在している。まず訪れたいのは「一迫ふれあい農園」。季節ごとに野菜や果物の収穫体験ができ、地域の農業と食文化を肌で感じられる場所だ。春には菜の花、秋にはコスモスが咲き誇り、地元の人々が手入れする花畑が旅人を迎えてくれる。
また、近隣には「栗駒山」への登山口もあり、紅葉の季節には多くの登山客が訪れる。山頂からの眺望は圧巻で、宮城・岩手・秋田の三県を一望できる。さらに、旧栗原電鉄の歴史を伝える「くりでんミュージアム」も見逃せない。かつて地域の足として活躍したローカル鉄道の記憶が、車両展示や資料を通じて今に伝えられている。
餅を味わった後は、こうした土地の風景や語りに触れることで、栗原の文化がより立体的に感じられる。食と風景が交差する一迫の旅は、静かで豊かな余韻を残してくれる。
まとめ
栗原市で味わったえびもちとえびしそもちは、どちらも土地の記憶と人の手仕事が重なり合った一椀だった。素朴さと華やかさ、伝統と革新──それらが餅という器の中で静かに共存していた。私はその違いを味わいながら、栗原という土地の奥行きを改めて噛みしめていた。
地域文化は、語られなければ消えてしまう。だからこそ私は、こうして食べ、書くことで、土地の声を拾い上げたい。栗原の餅は、暮らしの中に息づく文化のかたちだった。そしてそのかたちは、これからも人々の手と語りによって、静かに受け継がれていくのだろう。