【宮城県美里町】宮城有数の発酵エリア「美里町」の発酵食品文化を訪ねるin鎌田醤油・川敬商店
宮城県美里町──この町を訪れるのは初めてだった。地図を広げると、鳴瀬川の流れに沿って広がる田園地帯が目に入る。かつては水害に悩まされた土地だが、先人たちの水管理の知恵によって、今では豊かな農地が広がっている。そんな美里町が、大崎耕土の一角として「世界農業遺産」に認定されていることを知り、私はこの地に足を運んだ。
目的は、発酵文化に触れること。美里町には、天保元年(1830年)創業の鎌田醤油と、「全国新酒鑑評会金賞」を15年連続で受賞した川敬商店という、発酵の老舗がある。どちらも、米と大豆、そして水という土地の恵みを活かし、長年にわたって味を育ててきた。
宮城県北部は、米麹と大豆麹の両方が根付いた地域であり、各市町村に専門店があるほど発酵文化が深い。なぜなら、米と大豆の生産量が日本有数だからだ。美里町もその例外ではなく、県が奨励する品種「ミヤギシロメ」の産地として、味噌・醤油・納豆などの原料供給地となっている。
発酵は、微生物と人間が共に生きるための知恵であり、土地の記憶を継承する文化でもある。美里町の静かな風景の中で、私はその味に触れ、物語を味わった。
参考
大崎耕土世界農業遺産「美里エリア」
美里町と世界農業遺産
美里町は、世界農業遺産「大崎耕土」の構成地域のひとつ。大崎耕土は、江合川・鳴瀬川の水系を活かした水田農業と、地域に根ざした農耕文化が評価され、2017年に国際的な認定を受けた。美里町はその南端に位置し、発酵文化の歴史を今に伝える重要な場所だ。
この地域では、米と大豆の生産が盛んで、発酵食品の原料が豊富に揃う。特に「ミヤギシロメ」は、県が奨励する基幹品種であり、味噌・醤油・納豆などの加工に適している。美里町はこの品種の主要産地であり、発酵文化を支える素材の供給地でもある。
また、鳴瀬川の水系は、発酵に欠かせない清らかな水をもたらす。水・米・大豆──発酵に必要な三要素が揃っているのが、美里町の強みだ。さらに、冬の寒さと夏の湿度が、味噌や酒の発酵に適した環境を生み出している。
世界農業遺産の認定は、単なる農業技術の評価ではない。それは、地域の暮らしと文化、そして自然との共生のあり方が、未来に継承すべき価値を持つという証でもある。美里町の発酵文化は、まさにその象徴だ。
発酵とは
発酵とは、微生物の働きによって有機物が分解され、食品の風味や栄養価が高まる現象のこと。日本では、麹菌・酵母・乳酸菌などが主役となり、味噌・醤油・酒・漬物・納豆などが生み出されてきた。これらは単なる保存食ではなく、身体を内側から整える“生きた食べ物”でもある。
発酵食品には、腸内環境を整える乳酸菌や酵母、消化を助ける酵素、代謝を促すビタミンB群、抗酸化作用のあるポリフェノールなどが豊富に含まれている。とくに味噌や醤油には、アミノ酸やペプチドが多く、免疫力を高める働きがあるとされる。腸は「第二の脳」とも呼ばれ、免疫細胞の約70%が集中している器官。腸活を意識した食生活は、体調管理だけでなく、メンタルの安定にもつながる。
また、発酵は文化でもある。微生物と人間が共に生きるための知恵であり、季節の移ろいとともに味が変化する“時間の味”だ。麹を育て、味噌を仕込み、酒を醸す──その過程には、自然との対話と人の手仕事がある。発酵食品は、土地の風土と人の暮らしが織りなす“食べる文化財”なのだ。
美里町のような米と大豆の産地では、発酵文化が日常に根付き、各家庭で味噌を仕込む風景も珍しくない。微生物の力を借りて、素材の旨味を引き出す──それは、自然と共に生きる日本人の知恵の結晶であり、未来に伝えたい食文化でもある。
参考
農林水産消費安全技術センター「発酵食品って何?」
農林水産省「「発酵」の不思議」
美里町の発酵食品文化「鎌田醤油」と「川敬商店」をたずねる
美里町の発酵文化を訪ねる旅の最初に向かったのは、天保元年(1830年)創業の老舗「鎌田醤油」。大崎耕土で最も古い味噌・醤油の醸造所として知られ、屋号は「キッコートキワ」。亀甲は長寿の象徴、常磐は永遠不滅を意味し、飢饉の時代に人々の健康と長寿を願って名付けられたという。
昔ながらの醸造の雰囲気が漂っている。店内に入ると、米麹と大豆麹の香りがふわりと鼻をくすぐる。棚には自社ブランド「鎌田さんシリーズ」の味噌や醤油などが並び、どれも宮城県産の大豆と米を使った無添加の発酵食品だ。
私は「鎌田さんの蔵出し熟成味噌」を購入。帰宅後、味噌は味噌汁に、醤油は卵かけご飯に、味噌漬けはお茶請けに使ってみた。味噌は、米麹と大豆麹のバランスが絶妙で、香りが深く、出汁なしでも十分に旨味が出る。醤油は、まろやかでコクがあり、卵の甘みを引き立ててくれた。味噌漬けは、発酵の酸味と甘みが調和し、箸が止まらない美味しさだった。
〒987-0005 宮城県遠田郡美里町北浦起谷3
次に訪れたのは、明治創業の酒蔵「川敬商店」。全国新酒鑑評会で15年連続金賞を受賞した実力派の蔵元で、代表銘柄「黄金澤」は、地元米と鳴瀬川の伏流水を使い、丁寧に仕込まれている。蔵の中では、麹室や酒母室が清潔に保たれ、職人たちが温度と湿度を細かく調整しながら酒造りを進めていた。
蔵人の方に話を伺うと、「うちは“食事に寄り添う酒”を目指しています。派手さよりも、料理を引き立てることが大事なんです」と語ってくれた。私は「黄金澤 純米吟醸」と「黄金澤 純米酒」を購入。前者は、香り高く、口当たりが柔らかで、刺身との相性が抜群。後者は、米の旨味がしっかりと感じられ、煮物や焼き魚に合わせると料理の味が一段と引き立った。
美里町の発酵食品は、どれも“生きている”と感じた。微生物が働き、人の手が見守り、時間が味を育てる──その過程が、味の奥行きとなって舌に届いてくる。食べることは、土地の記憶を味わうこと。美里町の発酵文化は、そんな静かな感動を与えてくれた。
〒989-4206 宮城県遠田郡美里町二郷高玉六号7
参考
まとめ
今回の旅で出会った美里町の発酵文化は、単なる食品の話ではなかった。それは、微生物と人間が共に生きるための知恵であり、土地の記憶を継承する静かな力だった。鎌田醤油の味噌と醤油、川敬商店の地酒──それぞれが、発酵という目に見えない営みを通じて、地域の風土と人の暮らしを結びつけていた。
美里町は、大豆と米の生産が盛んな地域であり、発酵食品の原料が豊富に揃う。特に「ミヤギシロメ」は、味噌や醤油、納豆などの加工に適した品種として、地域の食文化を支えている。鳴瀬川の水系は、発酵に欠かせない清らかな水をもたらし、冬の寒さと夏の湿度が、発酵に適した環境を生み出している。
鎌田醤油の「吟醸みそ」や「濃口醤油」は、米麹と大豆麹の力を活かした深い味わいで、料理に奥行きを与えてくれる。川敬商店の「純米吟醸」は、食事に寄り添う酒として、地元の食卓に静かに溶け込んでいる。どちらも、素材と職人の技、そして時間の積み重ねによって生まれる“生きた味”だ。
発酵は、保存技術であり、健康の源であり、文化の記憶でもある。微生物が働き、人が見守り、時間が味を育てる──その過程には、自然との対話がある。美里町の発酵食品は、食べる人の身体だけでなく、心にも静かに語りかけてくる。