【宮城県美里町】小牛田名物「山の神まんじゅう」を訪ねてin村上屋
宮城県美里町小牛田(こごた)──その名を聞いて、どこか懐かしい響きを感じる人もいるかもしれない。かつては小牛田町として独立していたが、2006年に南郷町(なんどうちょう)と合併し、美里町(みさとちょう)となった。現在も「小牛田駅」はJR東北本線(一関-仙台)・陸羽東線(小牛田-新庄)・石巻線(小牛田-石巻)の接続駅として、交通の要衝としての役割を担っている。
「小牛田」という地名の由来には諸説あるが、一説には「牛を放牧した田」=「牛田」が転じたものとも言われる。また、古代にはこの地が陸奥国府から北方へ向かう官道の通過点であり、軍事・物流の拠点としても重要な位置を占めていた。地名に刻まれた「牛」の文字は、農耕や交易に関わる土地の記憶を静かに物語っているようにも思える。
そんな小牛田の駅前通りに、ひときわ甘い香りを漂わせる店がある。「山の神まんじゅう本舗 村上屋」。創業は明治33年(1900年)、現在は4代目がその味を守り続けている。店先には「小牛田銘菓山の神まんじゅう」の文字が掲げられ、蒸気の立ち上る厨房の奥で、職人が手際よくまんじゅうを包んでいた。地元の人には「小牛田まんじゅう」と呼ばれていると聞いた。
私は迷わず、看板商品の「山の神まんじゅう」を購入した。手のひらに乗るほどの素朴な姿の中に、どんな土地の記憶が詰まっているのか──その味を確かめる旅が始まった。
参考
小牛田まんじゅう(山の神まんじゅう)とは
「小牛田まんじゅう」とは、美里町小牛田に鎮座する山神社への信仰にちなんで生まれた、地元の人々に長く親しまれてきた蒸しまんじゅうである。製造元の「山の神まんじゅう本舗 村上屋」は、明治33年(1900年)創業。現在は4代目がその味を守り続けている。
このまんじゅうは、安産・子授け・子育ての神様「木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)」を祀る山神社に捧げる供物としての意味を持つという。かつては山神講の際、地域の人々がこぞってまんじゅうを買い求め、神前に供え、またお土産に購入していったという。
まんじゅうは、国産小豆を炊いた粒餡を、白くしっとりした薄皮で包み、蒸して仕上げる。甘さ控えめで、手のひらに収まる素朴なサイズ。ひとつ食べると、ついもうひとつ手が伸びるような、懐かしくも飽きのこない味わいだ。保存料を使わず、消費期限は製造日を含めて7日間。まさに「生きた和菓子」である。
かつて小牛田には数軒のまんじゅう屋が軒を連ねていたが、今では村上屋のみがその伝統を守っている。「山の神まんじゅう」=「小牛田まんじゅう」──その呼び名には、土地の人々の誇りと祈りが込められている。
山神社とは──安産・子授けの神を祀る、美里町の鎮守
美里町小牛田に鎮座する山神社は、安産・子授け・子育ての神様「木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)」を主祭神とする、地域の人々に篤く信仰されてきた社である。創建は永治元年(1141)と伝えられ、御神体は元亀2年(1571)に平泉への奉遷途中、小牛田の地に「鎮まりたい」との神意を示したことから、この地に祀られることとなった。
山神社は、仙台藩時代には小牛田町の総氏神として崇敬を集め、明治には郷社に昇格。社殿は幾度かの火災を経て、大正6年に現在地へ遷座され、境内には松の木100本が植樹されて「鎮守の森」が育まれている。
この神社の特徴的な信仰が「山神講」である。山林業・鉱山・温泉業などの安全を祈る「山神代参講」と、安産・子授けを願う「山神代参婦人講」があり、講員が代表して参拝し、御札や撤下物を持ち帰って地域で遥拝するという風習が続いている。
特に「おまくら」と呼ばれる御守は、籾殻を詰めた小さな枕型の祈願具で、稲魂の力を宿すとされる。色は赤・白・青・黄色の四神に対応し、母子健全・夫婦円満を願う。祈願成就の際には「倍返し」の風習があり、信仰の深さと土地の文化が感じられる。
所在地:〒987-0004 宮城県遠田郡美里町牛飼斉ノ台37
電話番号:0229332082
参考:山神社(やまのかみしゃ)| 安産・子授け 小牛田のやまの神さま
村上屋での購入体験
JR小牛田駅から歩いてすぐ、藤ヶ崎町の通り沿いに「山の神まんじゅう本舗 村上屋」は静かに佇んでいる。店先に掲げられた暖簾と、蒸気の立ち上る厨房の奥から、どこか懐かしい香りが漂ってくる。扉を開けると、甘くやさしい香りがふわりと鼻をくすぐり、ガラスケースには「山の神まんじゅう」をはじめ、季節の和菓子が並んでいた。
奥では職人が黙々とまんじゅうを包んでいた。手の動きは滑らかで、無駄がなく、まるで生地と餡が自然に形を成していくようだった。蒸し器から立ち上る湯気の向こうに、代々受け継がれてきた技と時間が見える気がした。
「昔は山神講の時期になると、近所の人がまとめて買いに来たもんです」と店主が語る。まんじゅうは、国産小豆を炊いた粒餡を、白くしっとりした薄皮で包み、蒸して仕上げる。保存料は使わず、消費期限は製造日含めて7日間。まさに「生きた和菓子」だ。
私は5個入りのまんじゅうを手に取り、包み紙の温もりを感じながら店を後にした。その一包みに、土地の祈りと記憶がそっと包まれているように思えた。
所在地: 〒987-0002 宮城県遠田郡美里町藤ケ崎町73
電話番号: 0229-33-3333
家で食べてみた
家に帰り、包みを開けると、まんじゅうからほんのりと湯気が立ち上った。白くしっとりした皮の質感が指に伝わり、口に運ぶと、まず皮のやさしい甘みが広がる。続いて、粒餡の素朴な味がじんわりと追いかけてくる。甘さは控えめで、後味はすっきり。どこか懐かしく、飽きのこない味だ。皮と餡のバランスが絶妙で、ひとつ食べると、ついもうひとつ手が伸びる。これは単なる食欲ではなく、まんじゅうの奥にある「記憶」に触れたくなるからかもしれない。
食べながら、私は小牛田の風景を思い出していた。駅前の通り、田んぼの広がる郊外、遠くに見える山並み──そのすべてが、まんじゅうの味と重なっていく。これは、観光地の名物ではない。暮らしの中にある味であり、山神社への祈りのかたちでもある。
まんじゅうを食べることは、土地の風土と人々の営みに触れることでもある。その味の奥には、山の神への感謝、子を授かり、育てることへの願い、そして自然と共に生きるという東北の精神が静かに息づいている。私はその味を通して、美里町という場所の奥行きに、静かに触れた気がした。
まとめ──まんじゅうに包まれた土地の祈りと文化
美里町小牛田の「小牛田まんじゅう」は、単なる和菓子ではない。それは、土地の記憶を包むかたちであり、山神社への祈りを形にした文化の結晶だ。村上屋での購入体験、職人の手仕事、そして家で味わったその素朴な味──すべてが、小牛田という土地の風景と重なっていた。
私は地方文化の記事を書くとき、いつも「なぜこの味がこの土地にあるのか」を考える。小牛田まんじゅうは、その問いに静かに答えてくれた。山神信仰、安産・子授けの願い、稲魂への畏敬──それらが、まんじゅうの皮と餡の間に、そっと包まれていた。
そして、まんじゅうを通して見えてきたのは、地域の人々が守り続けてきた「暮らしの祈り」だった。それは、教科書には載らない文化であり、風景の奥に潜む声だ。耳を澄ませば、聞こえてくる。私たちがその声に気づき、受け止めることで、郷土はただの地名ではなく、物語の舞台になる。
次に小牛田を訪れるときは、山神講の季節に合わせて、まんじゅうを手に山神社へ向かいたい。その祈りの場に立ち、土地の空気を吸い込みながら、もう一度この味を確かめたいと思う。