【宮城県】日本有数の発酵の町「大崎市」三本木の発酵食品文化を訪ねるin手代木醤油店・新澤醸造店
宮城県大崎市三本木──この地名を聞いて、すぐに発酵文化を思い浮かべる人は少ないかもしれない。だが、私がこの町を訪れたのは、まさにその“見えにくい文化”に触れるためだった。三本木には、明治6年創業の老舗酒蔵「新澤醸造店」と、味噌・醤油の醸造を手がける「手代木醤油店」がある。どちらも、発酵という営みを通じて、土地の記憶を静かに紡いできた存在だ。
発酵とは、微生物と人間が共に生きるための知恵であり、時間の積み重ねによって育まれる文化でもある。最近は腸活や免疫力といったキーワードがヒットしているが、この考えのベースには発酵があるという。三本木の発酵食品は、米と水、そして人の手によって生まれ、季節とともに味を変える。それは、自然のリズムに寄り添う暮らしの証でもある。
今回私は、三本木の発酵文化を探る旅に出た。新澤醸造店で日本酒を味わい、手代木醤油店で味噌と醤油を購入。それらを実際に食べ、飲み、感じたことを、ここに記してみたいと思う。発酵は、目に見えないが、確かにそこにある──そんな静かな感動を、言葉にしてみたかった。
大崎市三本木とは
大崎市三本木は、宮城県北西部に位置する農業と文化の町。広大な大崎耕土の一角にあり、館山の麓に広がる田園風景が印象的だ。江合川や鳴瀬川といった水系に恵まれ、良質な米が育つこの土地は、古くから醸造文化が根付いてきた。
三本木には、日本酒醸造所が1軒、味噌・醤油の醸造所が1軒ある。新澤醸造店は明治6年(1873年)創業の老舗で、「愛宕の松」や「伯楽星」といった銘柄を生み出してきた。詩人・土井晩翠が「館山の頂開く酒むしろ愛宕の松の薫いみじく」と詠んだほど、地元に愛された酒蔵でもある。この句は、館山の頂に開かれた酒蔵から生まれる「愛宕の松」の香りが、いかに素晴らしいかを讃えたものだ。
一方、手代木醤油店は、明治43年創業の老舗で、「キッコーマツ印」の醤油が有名。宮城県味噌醤油工業協同組合にも加盟し、受賞歴もある。木造の店舗には歴史を感じさせる調度品が並び、女将さんの丁寧な対応が印象的だった。醤油は濃厚で香り高く、煮物や刺身に合わせると料理の味が一段と引き立つ。
三本木の発酵食品は、土地の風土と人の営みが織りなす“生きた文化財”なのだ。
参考
大崎市「大崎ふつふつTOPICS」「大崎が誇る日本酒」
なぜ大崎市で発酵文化が育まれたのか
大崎市が発酵文化の宝庫である理由は、いくつかの要素が重なり合っている。まず、広大な大崎耕土は宮城県内でも有数の大豆と米の生産地。発酵食品の原料となる大豆や米麹が豊富に手に入る環境が整っている。
また、江合川や鳴瀬川などの水系に恵まれ、酒造りや味噌醸造に適した清らかな水が流れている。水・米・大豆──発酵に必要な三要素が揃っているのが、大崎市の強みだ。
さらに、かつてはどぶろく製造が盛んだった歴史もある。鳴子温泉郷や鬼首地区では「どぶろく特区」が認定され、農家レストランなどで自家製の濁り酒が提供されている。岩出山では発酵の納豆文化が根付き、大豆麹・米麹を使うのが当たり前の食文化が今も息づいている。古川では納豆醤油や地酒の蔵元がもちろんある。
こうした背景から、大崎市には麹専門店が多く存在する。麹は発酵の起点であり、味噌・醤油・酒のすべてに欠かせない存在。麹づくりは温度と湿度の管理が命であり、職人の経験と勘がものを言う世界だ。大崎市の発酵文化は、こうした小さな営みの積み重ねによって、今も静かに息づいている。
三本木の発酵食品に食べる・飲む
三本木の町に足を踏み入れたのは、秋晴れの午後だった。館山の稜線がくっきりと浮かび上がり、田んぼには黄金色の稲穂が揺れていた。まず訪れたのは、新澤醸造店。創業150年を超える老舗酒蔵で、敷地内にはモダンな直売所が併設されている。
店内には「伯楽星」「愛宕の松」などの銘柄がずらりと並び、スタッフの方が丁寧に説明してくれた。私は「愛宕の松 純米吟醸」と「超濃厚ヨーグルト酒」を購入。帰宅後、冷やして飲んでみると、前者は米の旨味と透明感が絶妙に調和した食中酒で、後者はまるでデザートのような濃厚さ。発酵の力が、味の奥行きを生み出していた。
〒989-6321 宮城県大崎市三本木北町63
次に向かったのは、手代木醤油店。木造の店舗に入ると、ふわりと醤油の香りが漂ってきた。店主の方が「うちは昔ながらの木桶仕込みで、時間をかけて発酵させています」と語ってくれた。私は「三本木味噌」と「キッコーマツ印の本醸造醤油」を購入。味噌は粒がしっかり残っていて、香りが深い。味噌汁にすると、出汁なしでも十分に旨味が出る。醤油は、刺身に合わせると魚の甘みを引き立て、料理の味を一段と引き締めてくれた。
三本木の発酵食品は、どれも“生きている”と感じた。微生物が働き、人の手が見守り、時間が味を育てる──その過程が、味の奥行きとなって舌に届いてくる。食べることは、土地の記憶を味わうこと。三本木の発酵文化は、そんな静かな感動を与えてくれた。
〒989-6321 宮城県大崎市三本木南町43
まとめ
今回の旅で出会った三本木の発酵文化は、単なる食品の話ではなかった。それは、微生物と人間が共に生きるための知恵であり、土地の記憶を継承する静かな力だった。新澤醸造店の酒、手代木醤油店の味噌と醤油──それぞれが、発酵という目に見えない営みを通じて、地域の風土と人の暮らしを結びつけていた。
三本木の発酵食品は、素材の力と職人の技、そして時間の積み重ねによって生まれる“生きた味”だ。口にするたびに、館山の風景や蔵の香り、店主の言葉がよみがえる。それは、食べることが土地の記憶を味わう行為であることを教えてくれる。
そして、大崎市全体を見渡せば、発酵文化がいかに広く深く根付いているかがわかる。岩出山の納豆文化、鳴子のどぶろく、古川の麹屋──それぞれが、大豆と米、清らかな水、そして人の手によって育まれてきた。県内でも有数の大豆生産地である大崎市は、発酵の素材と技術が自然に集まる場所なのだ。
発酵は、保存技術であり、健康の源であり、文化の記憶でもある。三本木の静かな町並みの中に、そんな力強い文化が息づいていた。私はこの旅を通じて、発酵が持つ力を改めて実感した。それは、体を整える力であり、心を癒す力であり、土地と人をつなぐ力でもある。次は、麹づくりの現場にもっと深く入り込み、発酵の奥深さに触れてみたい。そしてまた、大崎の“生きた味”に出会いに行こうと思う。