【宮城県大崎市】難読地名「尿前」の読み方や由来・語源・意味をたずねる|尿前の関はどこにあるのか、桃鉄にも登場した松尾芭蕉の俳句を紹介in鳴子温泉
地名は、土地の記憶を編み込んだ器だ。私は地域文化を記録する仕事をしている。各地の地名の由来や伝承、神社の祭神、産業の背景を掘り下げ、現地の空気を感じながら文章にする──それが私の旅のかたちだ。
今回訪れたのは、仙台から車で約2時間、宮城県大崎市鳴子温泉地域にある「尿前(しとまえ)」という峠の地名。初見では驚きを覚えるこの名に、私は強く惹かれた。峠の名に「尿(しと)」が冠されるのは珍しく、何かしらの民俗的・地形的背景があるはずだと思った。
尿前峠は、鳴子温泉郷の北西に位置し、江戸時代には出羽街道の難所として知られていた。松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅の途上で越えた峠でもあり、俳句「蚤虱 馬の尿する 枕もと」が詠まれた場所としても知られている。大人気ゲーム桃太郎電鉄ではその句が紹介されていた。私はその句の情景と地名の由来を確かめるため、峠道を歩いた。
峠の空気はひんやりとして、杉木立の間から遠く山形との境が見えた。地名が語る風景は、今も静かに息づいていた。
参考
大崎市「尿前の関(尿前御番所跡)」
中山平温泉観光協会「おくのほそ道 散策マップ~出羽街道中山越 芭蕉の道を訪ねて~」
所在地:〒989-6827 宮城県大崎市鳴子温泉尿前
尿前の読み方や意味
「尿前」は「しとまえ」と読む。初見では驚きを覚える地名だが、鳴子温泉郷の北西に位置する峠の名として、江戸時代から記録に残る由緒ある呼称である。出羽街道の難所として知られ、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅の途上で越えた峠としても有名だ。
地元では「しとまえ峠」「しとまえの関」などと呼ばれ、鳴子から山形方面へ抜ける交通の要所だった。現在も「尿前御番所跡」として史跡が整備されており、峠の文化的・歴史的価値が見直されている。
読み方の「しと」は、古語の「しとど(しっとり)」や「しとしと(雨の音)」に通じる柔らかな響きを持ち、峠の湿潤な空気感とも重なる。地名の印象は強烈だが、実際には風土と文学が交差する静かな峠である。
尿前の関跡
所在地:〒989-6100 宮城県大崎市鳴子温泉尿前140
尿前の語源・由来
「尿前(しとまえ)」という地名は、古くから峠の名として記録されている。江戸期の地誌や街道図にも「尿前峠」の名が見られ、鳴子から山形方面へ抜ける出羽街道の要所であった。語源には諸説あるが、有力なのは「しと(尿)」=水の流れや湿地を意味する古語に由来するという説だと聞いた。江合川と大谷川が合流する峠道で、湧水や湿地が多く、馬や旅人が立ち止まって用を足す場所だったことから「尿前」と呼ばれるようになったとも言われる。
また、「しと」は「湿(しめ)」に通じ、湿潤な地形を指す場合もあるという。今でこそ大深沢橋や鳴子峡を渡れるが、当時はそのような橋はなく、尿前から川が流れる谷間を進み、最上へと進んだという。峠の地形は水捌けが悪く、雨や雪解けでぬかるむことが多かった。旅人にとっては「しとど(しっとり)」とした難所であり、馬の尿や人の排泄が目立つ場所でもあった。地名に「前」が付くことで、「しと(湿地・尿場)の手前」=峠の入り口という意味合いも加わる。
さらに、源義経の子が鳴子温泉で生まれ、この尿前ではじめて尿をしたから、という説もある。事実、鳴子温泉の最古級の旅館である姥の湯には、鳴子温泉の由来が、源義経の子の産声である、という言い伝えがある。同じように義経伝説は宮城北部から岩手平泉にかけて多く残っており、民俗学的に興味深い説だと思う。
このように、尿前という地名は、峠の地形と旅人の身体性が交差する民俗的な記憶を宿している。地名は、風景と暮らしの痕跡を言葉にしたものだ。尿前──その名には、峠の湿地と旅の生理が静かに息づいている。
所在地:〒989-6827 宮城県大崎市鳴子温泉尿前
松尾芭蕉の奥の細道の俳句「蚤虱 馬の尿する 枕もと」
松尾芭蕉といえば俳句の達人。その松尾芭蕉が尿前を「奥の細道」において俳句として詠んだことから、尿前の知名度は大きく上がっただろう。
松尾芭蕉が尿前峠を越えたのは、元禄2年(1689)5月16日。『おくのほそ道』の旅の途上、芭蕉は旧有路家住宅 封人の家に泊まり、翌朝この峠を越えて出羽国(現在の山形)へ向かった。その夜に詠まれた句が、
蚤虱(のみしらみ) 馬の尿(ばり)する 枕もと
である。
この句は、旅の疲れと粗末な宿の情景を、写実的かつ滑稽に描いたもの。蚤(のみ)と虱(しらみ)に悩まされ、馬がすぐそばで尿をする──そんな不衛生で騒々しい環境の中で眠る旅人の姿が浮かび上がる。芭蕉はこの句を、尿前峠の手前の宿で詠んだとされ、峠の名と句の内容が奇妙に響き合っている。
「尿前」という地名が、馬の尿と枕元という句の情景をより生々しく感じさせる。峠の湿地、馬の足音、旅人の疲れ──それらが交差する一夜の記憶。芭蕉はその不快さを笑いに昇華し、旅のリアリティを句に刻んだ。
私は峠道を歩きながら、芭蕉が見たであろう風景を想像した。杉木立の間に湧水が流れ、馬の足跡がぬかるみに残る。地名と句が重なり合うことで、尿前という言葉は、旅の身体性と風土の記憶を静かに語り始める。
参考:山梨県立大学「奥の細道尿前の関」
所在地:〒999-6106 山形県最上郡最上町堺田59−3
尿前の関の行き方・駐車場やアクセス情報
尿前の関(尿前御番所跡)は、鳴子温泉郷の歴史を伝える重要な史跡である。江戸時代には仙台藩の関所として機能し、現在も往時の面影を残す場所として訪れる人が多い。アクセスに関しては以下のような特徴がある。
- 交通アクセス:
- JR陸羽東線「鳴子温泉駅」から徒歩約20分、車で約6分。駅から国道47号を経由し、尿前地区へ向かうと到着できる。
- 車の場合は国道47号を鳴子温泉方面へ進み、尿前地区へ。関所跡の前まで道路は通じているが狭い道で、かつその道路を使う住民の方もいらっしゃるので注意が必要。
- 駐車場について:
- 専用の駐車場は設けられていない。史跡をじっくり見学したい場合は、近隣の鳴子公園に車を停めて徒歩で訪れるのが良いかもしれない。公園からは散策を兼ねてアクセスでき、周辺の自然や温泉街の雰囲気も楽しめる。
まとめ
尿前という地名は、峠の地形と旅人の身体性が交差する、民俗的な記憶の器である。鳴子温泉郷の北西に位置する尿前峠は、江戸時代の出羽街道の難所として知られ、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で越えた場所でもある。芭蕉が詠んだ句「蚤虱 馬の尿する 枕もと」は、尿前の名と響き合い、旅の不快さと滑稽さを写実的に描いている。
「尿前」という名には、湿潤な地形、湧水、馬の尿──旅人が立ち止まり、用を足し、疲れを癒す場所としての峠の風景が刻まれている。「しと」は古語で湿地や水の流れを意味し、「前」は峠の入り口を示す。地名は、風景と暮らしの痕跡を言葉にしたものだ。
さらに、源義経の子が鳴子温泉で生まれ、尿前で初めて尿をしたという伝承も残る。鳴子温泉の最古の宿「姥の湯」には、義経の子の産声が温泉の由来とされる物語があり、尿前という名にもその記憶が重なる。
私は尿前峠を歩きながら、芭蕉が見たであろう風景を想像した。杉木立の間に湧水が流れ、馬の足跡がぬかるみに残る。地名と句が重なり合うことで、尿前という言葉は、旅の身体性と風土の記憶を静かに語り始める。
「尿」は単なる排泄ではなく、水の記憶でもある。「前」は旅の始まりでもある。尿前──その名には、湿地と風土、旅と身体、そして詩と笑いが静かに息づいている。
投稿者プロ フィール

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地域伝統文化ディレクター
宮城県出身。京都にて老舗和菓子屋に勤める傍ら、茶道・華道の家元や伝統工芸の職人に師事。
地域観光や伝統文化のPR業務に従事。
