【宮城県女川町】日本一のサンマの町・郷土料理「さんまのすりみ汁」を食べるin女川魚市場食堂

私は地域文化ライターとして、日本各地に根ざす風土と暮らしの関係を探り、現地の空気を吸いながら言葉にして伝える仕事をしている。制度や建築では見えてこない、暮らしの中に息づく文化のかたち──それは、食卓の一膳や、港の匂いにこそ宿っていると信じている。今回訪れたのは、宮城県女川町。目的は、この町で育まれてきた「サンマ文化」、とりわけ郷土料理である「サンマのつみれ汁」を味わい、その背景にある海と人の営みを体感することだった。

女川町は、三陸沖に面した港町であり、かつてはサンマの水揚げ量日本一を誇った町でもある。震災を経て町の姿は大きく変わったが、海とともに生きる文化は今も息づいている。私は女川の港を歩き、魚市場を覗き、地元の食堂でサンマのつみれ汁を味わいながら、この町の記憶と誇りを探る旅を始めた。

女川町とは──海とともに生きる港町の輪郭

女川町は、宮城県の東部、牡鹿半島の付け根に位置する人口約6千人の町である。三陸リアス式海岸の入り組んだ地形に囲まれ、古くから漁業を中心に発展してきた。女川港は、サンマ、イワシ、サバなどの回遊魚の好漁場に近く、特に秋のサンマ漁は町の風物詩として知られていた。

町の中心には「女川駅」と「シーパルピア女川」があり、震災後に再建された美しい街並みが広がっている。海に向かって開かれた駅舎、ウッドデッキの遊歩道、地元の食材を扱う飲食店や物産館──それらは、町の再生と誇りを象徴する風景である。

女川は、海とともに生きる町であり、その文化は日々の食に色濃く表れている。

サンマとは

サンマ(秋刀魚)は、秋を代表する回遊魚であり、日本人にとって最も身近な魚のひとつである。語源には諸説あり、「狭真魚(さまな)」が転じたものとも、秋に獲れる刀のような形の魚として「秋刀魚」と表記されるようになったとも言われている。細長い体と銀色の光沢、脂の乗った身と香ばしい焼き香──サンマは、季節の移ろいを食卓に運ぶ魚である。

三陸沖は、親潮と黒潮が交差する世界有数の好漁場であり、サンマの回遊ルートに位置している。女川港はその漁場に近く、漁船が短時間で戻れる距離にあるため、鮮度の高い状態で水揚げが可能となる。かつては「女川のサンマ」と言えば、東京築地市場でも一目置かれる存在だった。

なぜ女川でサンマが根づいたのか

女川港がサンマの水揚げ量日本一を誇った背景には、地理的条件と流通体制の両面がある。三陸沖の好漁場に近いことに加え、石巻港や仙台市と連携した物流網が整備されていたことで、首都圏への出荷がスムーズに行えた。漁法としては棒受け網漁が主流であり、夜間に光でサンマを集めて網で一気に漁獲する。漁師たちは船上での血抜きや冷却処理を徹底し、鮮度と品質を保ってきた。

また、女川ではサンマを使った加工品も多く、干物、缶詰、燻製などが地元の特産品として親しまれている。サンマは、町の経済と文化の両面を支える魚であり、女川の暮らしに深く根ざしている。

サンマのつみれ汁──骨まで味わう港町の知恵

女川の郷土料理として知られる「サンマのすりみ汁」は、サンマをすり身にし、骨ごと練り込んで団子状にしたものを味噌仕立ての汁に入れて煮込む料理である。サンマは骨が多く、焼き魚として食べる際には骨を避ける必要があるが、つみれにすることで骨ごと食べられ、栄養価も高まる。これは、漁師町ならではの「余すことなく使う」知恵である。

つみれには生姜や味噌が加えられ、臭みを消しつつ旨味を引き立てる。汁には大根、人参、ごぼう、豆腐などが入り、具だくさんで滋味深い。寒い季節には体を温める一椀として、漁師の朝食や家庭の夕餉に欠かせない存在である。女川では、つみれ汁はサンマ料理の定番であり、焼き魚と並ぶ「もう一つの主役」として親しまれている。

農林水産省「サンマのすり身汁(さんまのすりみしる)

サンマの食べ方──焼き、煮物、刺身、燻製、そして祭りへ

女川ではサンマの食べ方が非常に多様である。最も定番なのは塩焼き。脂の乗ったサンマを炭火でじっくり焼き、皮はパリッと、身はふっくらと仕上げる。大根おろしと酢橘を添えれば、秋の味覚の完成である。

煮物では甘露煮が人気で、骨まで柔らかくなるまで煮込むことで保存性も高まる。刺身やなめろうにする場合は、鮮度が命。水揚げ直後のサンマを三枚におろし、薬味とともに叩いて味噌で和えると、酒の肴として絶品である。

燻製や干物も女川の特産品として知られており、加工技術の高さがうかがえる。町の物産館では、サンマの缶詰やスモークサンマなども販売されており、観光客にも人気がある。

そして、秋には「女川秋刀魚収獲祭」が開催される。港に炭火焼き台が並び、無料でサンマが振る舞われるこの祭りは、町の誇りと感謝を表す年中行事である。地元の人々と観光客が一緒にサンマを囲み、海の恵みに感謝する風景は、女川ならではの文化のかたちである。

女川秋の収獲祭2025

今年も女川に秋の香りがやってくる。2025年10月12日(日)、女川町海岸広場で「おながわ秋の収獲祭」が開催される。港町の誇りである秋刀魚を炭火で焼き上げる名物「女川式炭火焼き」は、30メートルのU字溝に並べられた約400尾のサンマが一斉に焼かれる壮観な光景。焼きたての秋刀魚は無料で振る舞われ、郷土料理である「さんまのつみれ汁」や銀鮭の試食、水産加工品の販売も行われる。地元の太鼓や音楽ステージも予定されており、町全体が海の恵みに感謝する一日となる。女川の秋は、炭火の煙と魚の香りに包まれて始まる。

宮城県「おながわ秋の収獲祭2025 '25.10.12(日)

女川魚市場食堂で味わう

女川町地方卸売市場の3階にある「女川魚市場食堂」は、漁師や市場関係者が通う実直な食堂である。所在地は宮城県牡鹿郡女川町市場通り66番地。港に面した建物の上階に位置し、窓からは女川湾の穏やかな海が広がる。朝の市場の喧騒がひと段落した昼時、私はこの食堂を訪れた。

注文したのは「女川秋刀魚塩焼き定食」。秋の旬を迎えたサンマは、炭火でじっくり焼かれ、皮はパリッと香ばしく、身はふっくらと脂が乗っていた。箸を入れると、じゅわっと広がる脂の旨味が口いっぱいに広がり、焼き加減の妙が光る。大根おろしと酢橘が添えられ、脂の濃厚さを爽やかに引き締めてくれる。

この投稿をInstagramで見る

女川魚市場食堂(@ongwfmsyokudou)がシェアした投稿

定食には「サンマのつみれ汁(すり身汁)」も添えられていた。味噌仕立ての汁に浮かぶつみれは、ふわっと柔らかく、骨の存在を感じさせないほど滑らか。生姜の風味が効いていて、焼き魚の脂を優しく受け止めてくれる。つみれにはサンマのすり身が使われており、骨ごと練り込むことで栄養価も高く、港町ならではの「余すことなく使う」知恵が感じられる。

食堂の壁には、女川の漁業の歴史や魚種の紹介が掲げられており、食事をしながら町の文化に触れることができる。厨房からは、魚を焼く音と味噌汁の香りが漂い、地元の人々が「いつもの味」を楽しむ姿が印象的だった。観光客向けではなく、暮らしに根ざした食堂──それが女川魚市場食堂の魅力である。

所在地: 〒986-2283 宮城県牡鹿郡女川町市場通り66番地 3階

電話番号: 0225-98-4556

まとめ

女川でサンマの塩焼きとつみれ汁を味わうということは、単なる食事ではない。それは、海と人の記憶を口にすることであり、町の誇りと文化を体感することである。脂の乗った塩焼きは、三陸沖の豊かな漁場と漁師の技術が生んだ秋の恵みであり、骨まで使ったつみれ汁は、港町の知恵と暮らしの工夫が詰まった一椀である。

女川魚市場食堂での一膳は、地元の人々が日常的に味わう「海の記憶」であり、観光客にとっては町の文化に触れる入り口となる。食堂の窓から見える海、厨房の音、壁に掲げられた漁業の歴史──それらが一体となって、女川という町の輪郭を浮かび上がらせる。

震災を経て再生した女川は、ただ復興したのではなく、海とともに生きる文化を再び育て直した町である。サンマはその象徴であり、町の誇りを語る魚である。私はこの町の空気を吸い込みながら、食を通じて文化の奥行きに触れた。女川は、魚が語る町である。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です