【宮城県大崎市】餅文化を訪ねて古川のずんだ餅・くるみ餅を食べるin「もちべえ」「青沼餅店」
「宮城といえば、ずんだ餅」──そう言えば、多くの人が頷くだろう。枝豆の鮮やかな緑と、もちもちの餅が絡み合うその姿は、今や全国区の和菓子として知られている。だが、ずんだ餅は宮城の餅文化のほんの入口にすぎない。特に県北部、大崎市古川周辺では、餅が日常食として根づいており、その種類は数百以上とも言われる。
筆者自身、宮城北部の出身だが、思い返せば正月以外にも餅を食べる機会は多かった。納豆餅、くるみ餅、えび餅、ふすべ餅──それらは家庭の味であり、季節の風物詩でもあった。餅は「ハレの日の食べ物」ではなく、「ケの日の主食」として、暮らしの中に息づいていたのだ。
地域文化は生活や人生を豊かにするものであると考えている。後世に残すべきものだけが文化として残る。この地域文化の探訪記では、文化の源流をなるべく探るようにしている。
今回は、大崎市古川にある二軒の餅店を訪ねた。もちべえではずんだ餅を、青沼餅店ではくるみ餅とごま餅を購入。それぞれの味を通して、宮城の餅文化の奥行きに触れてみた。
大崎市とは──米と水が育む、餅のまち
宮城県北西部に位置する大崎市は、北上川水系の豊かな水と肥沃な土壌に恵まれた米どころである。古川はその中心地として、江戸期には藩の米蔵が並び、現在も県内有数の稲作地帯として知られている。
この「米のまち」が餅文化を育んだのは自然な流れだった。収穫されたもち米は、保存性が高く、加工の幅も広い。農閑期には餅を搗き、家族や近隣と分け合う風習が根づいた。特に冬場は、餅が主食となる家庭も多く、納豆餅やくるみ餅など、地域ごとの味付けが発展していった。
大崎市では、正月だけでなく、冠婚葬祭、季節の節目、地域の行事など、あらゆる場面で餅が登場する。餅は「食べる文化財」であり、まちの記憶そのものなのだ。
餅文化の奥深さ──なぜ宮城北部では餅が日常食なのか
宮城県北部から岩手県南部にかけての地域では、餅が特別な日の料理ではなく、日常の食卓に並ぶ「いつもの味」として根づいている。たとえば、大崎市の隣に位置する栗原市では、年間70日も餅を食べる日があったという記録が残っているし、岩手県一関市では300種類を超える餅料理が存在すると言われている。この土地に暮らす人々にとって、餅は祝いの象徴であると同時に、日々の暮らしを支える主食でもあった。
その背景には、単なる米どころという地理的条件だけでは語りきれない、生活と文化の積み重ねがある。餅は保存性が高く、調理の自由度も広い。何より、搗いた餅を分け合うことで人と人とのつながりが生まれる。農村では、餅つきは家族や近隣が集まって行う共同作業であり、搗いた餅を親戚や近所に配ることで、自然と交流が生まれる。新築の際に行われる「餅まき」も、地域の人々との縁を結ぶ大切な行事として今も続いている。
味付けも実に多彩だ。納豆、くるみ、えび、ふすべ──どれも土地の素材を活かしたもので、家ごとに味の違いがある。調味の工夫は代々受け継がれ、餅の食べ方は家族の記憶そのものになっている。特に宮城北部では「ふすべ餅」と呼ばれる、鶏肉や野菜を煮込んだ汁に餅を入れる料理がある。これは餅を「ご飯の代わり」として食べる発想であり、餅が主食として機能していたことの証でもある。
餅は、ハレの日の象徴であると同時に、ケの日の支えでもあった。その両面性が、この地域の餅文化を豊かにしている。数百種類以上の餅料理が存在するのは、まさに「暮らしの数だけ餅がある」からなのだ。餅は、土地の風土と人々の営みが形になった、食べる記憶のかたちである。
参考
一般社団法人くりはらツーリズムネットワーク「栗原のふつう【002】えびもち」
一関市公式観光サイト【いちのせき観光NAVI】「一関もち料理 データベース」
もちべえ 古川バイパス店──ずんだ餅に宿る、青豆の香りと記憶
古川駅からほど近く、住宅街の一角に「もちべえ」は静かに佇んでいる。店構えは素朴ながら、ガラスケースにはずんだ餅、納豆餅、あんこ餅などが並び、地元の人々が次々と買い求めていく。私は迷わず、看板商品のずんだ餅を選んだ。枝豆をすり潰して砂糖と塩で味付けしたずんだ餡は、宮城を代表する餅の味。もちべえのずんだ餅は、餅が柔らかく、餡は粗く潰された豆の食感が残っていて、甘さ控えめ。塩気がほんのり効いていて、豆の香りがふわりと広がる。
食べながら思い出したのは、祖母が作ってくれたずんだ餅の記憶。青豆をすり鉢で潰し、味噌を少し加えていたこともあった。もちべえの味は、そんな家庭の記憶を呼び起こすような、懐かしくも洗練された一品だった。ずんだ餅は、宮城の餅文化の入口にすぎない。だが、その入口には、土地の風土と人々の営みがしっかりと刻まれている。
もちべえ 古川バイパス店
所在地:〒989-6101 宮城県大崎市古川福浦1丁目11−22
連絡先:0229244848
青沼餅店──くるみとごまに宿る、土地の滋味と記憶
別日に訪れたのは、古川の中心街にある「青沼餅店」。創業百年を超える老舗で、店構えからして風格がある。店内には、くるみ餅、ごま餅、あんこ餅、豆餅などが並び、どれも手作りの温もりが感じられる。私はくるみ餅とごま餅を購入。くるみ餅は、砕いたくるみを砂糖と醤油で練った餡を、餅に絡めたもの。ごま餅は、黒ごまをすり潰して甘く味付けした餡が使われている。
青沼餅店のくるみ餅は、くるみの香ばしさと醤油のコクが際立っており、餅の甘みと絶妙なバランスを保っている。ごま餅は、香り高く、口の中でごまの油分が広がる。どちらも、素材の味を活かした滋味深い味わいだった。店主に話を聞くと、「昔は餅が主食だったから、味のバリエーションが自然と増えたんです。納豆、くるみ、えび、ふすべ──全部、家ごとに違う味があるんですよ」と語ってくれた。餅は、家庭の味であり、地域の記憶でもあるのだ。
青沼餅店
所在地:〒989-6116 宮城県大崎市古川李埣前田67
電話番号:0229220086
まとめ
大崎市古川で出会った餅は、どれも素朴で力強く、そしてやさしい味だった。もちべえのずんだ餅には、青豆の香りと家庭の記憶が宿り、青沼餅店のくるみ餅とごま餅には、素材の滋味と職人の手仕事が込められていた。餅は、単なる食べ物ではない。それは、土地の風土と人々の営み、祈りと分かち合いの記憶を包むかたちだ。
宮城北部では、餅が日常食として根づいている。近隣の栗原市では年間70日も餅を食べる日があったという記録が残り、一関市では300種類以上の餅料理が存在すると言われている。餅は、ハレの日の象徴であると同時に、ケの日の支えでもあった。その両面性が、地域の餅文化を豊かにしている。
ずんだ餅はその入口にすぎない。くるみ餅、ごま餅、納豆餅、ふすべ餅──暮らしの数だけ餅があり、家ごとの味がある。餅を通して見えてきたのは、土地の記憶と人のつながりだった。これからも、餅の味を辿りながら、地域文化の奥行きを探っていきたい。