【宮城県大崎市】発酵文化in岩出山
岩出山に息づく発酵文化──麹の町を歩き、微生物と人の共生を思う
宮城県大崎市岩出山。かつて伊達政宗が居所を構えた城下町として知られるこの地には、今も静かに発酵文化が息づいている。農業の町という印象が強い大崎市だが、岩出山を歩いてみると、そこには米と水、そして微生物と人間が織りなす「食の文化の深層」が広がっていた。
今回の旅は、岩出山の発酵文化──とくに麹屋の営みを中心に、その背景と現在を探るものだった。
麹の町・岩出山──大崎耕土の発酵文化の中心地
大崎地域には、現在も麹を専門に製造する麹屋が4軒残っている。そのうち3軒が岩出山に集中しているという事実は、この町が発酵文化の中心地であることを物語っている。
「小泉麹屋」「菊池麹や」「石田こうじや」──いずれも家族経営の小規模な麹屋であり、地元の味噌屋や飲食店、家庭に麹を供給している。店先には木桶や麹蓋が並び、麹室(こうじむろ)からはほのかに甘い香りが漂う。麹づくりは温度と湿度の管理が命であり、職人の経験と勘がものを言う世界だ。
麹は、日本酒・味噌・醤油・漬物など、あらゆる発酵食品の起点となる存在。微生物の力を借りて、米や大豆を分解し、旨味や栄養を引き出す。麹屋は、発酵文化の「根っこ」を支える存在であり、岩出山の食文化は彼らの手仕事によって成り立っている。
小泉麹屋──麹の香りが町に漂う、岩出山の発酵文化の守り人
創業100年を超えるこの小泉麹屋は、国産原料のみを使い、昔ながらの手仕事で麹を仕込んでいる。火入れをせず、生きた酵母をそのまま届ける「生味噌」は、まろやかで深い旨味があり、地元の食卓に欠かせない存在だ。
小泉麹屋では、6種類以上の味噌を製造しており、顧客の好みに応じたオリジナル味噌の仕込みにも対応している。味噌づくり教室も開催されており、地域の人々が自らの手で味噌を仕込む姿は、まさに食文化の継承そのもの。麹は、味噌・醤油・甘酒・漬物など、岩出山の発酵文化の根幹を担う存在である。
住所:〒989-6441 宮城県大崎市岩出山通丁145−1
電話番号:0229722525
名取味噌醤油店──明治創業の老舗が守る味の記憶
岩出山には、明治6年創業の「名取味噌醤油店」もある。創業から150年近く、味噌と醤油を造り続けてきたこの店は、地域の味の記憶を今に伝える存在だ。店舗は岩出山字下川原町にあり、昔ながらの木造の建物が醸造の歴史を感じさせる。
名取味噌醤油店では、地元産の大豆と米、天然塩を使い、発酵に時間をかけてじっくりと味を育てている。味噌は赤味噌系で、塩味の中に深い旨味があり、地元の料理に欠かせない存在。醤油もまた、刺身や煮物に使うと素材の味を引き立ててくれる。
この店の味噌や醤油は、単なる調味料ではない。それは、土地の風土と職人の技が融合した「文化の結晶」なのだ。
【参考】名取味噌醤油店の紹介ページ
住所:〒989-6434 宮城県大崎市岩出山下川原町2
電話番号:0229720001
森民酒造店──木造酒蔵に宿る手仕事の美学
岩出山の発酵文化を語るうえで、日本酒も欠かせない。町の中心部にある「森民酒造店」は、明治時代に建てられた木造の酒蔵を今も使い続けている老舗蔵元だ。店構えは質素ながら風格があり、蔵の中には酒造りの道具が整然と並ぶ。
森民酒造店では、地元産の米と水を使い、昔ながらの手仕事で純米酒を造っている。代表銘柄は「もりいずみ」。精米歩合60%の米を低温発酵させ、米の旨味をじっくりと引き出した味わいが特徴だ。新酒のフレッシュさと、古酒の熟成感──どちらも揃っており、季節ごとに異なる表情を楽しめる。
酒造りは、麹・酵母・水・米──すべてが微生物との対話であり、自然との協働である。森民酒造店の酒には、岩出山の空気と水がそのまま閉じ込められているようだった。
【参考】森民酒造店の紹介ページ
住所:〒989-6433 宮城県大崎市岩出山上川原町15
電話番号:0229721010
岩出山納豆──政宗が築いた水の町で育まれた藁つとの発酵文化
岩出山で今も親しまれている「藁つと納豆」は、藁に包まれた昔ながらの製法で作られる納豆である。藁の中に自然に棲む納豆菌を活かし、発酵させることで、香りと粘りが豊かで、粒の輪郭がしっかりした味わいになる。保存性と栄養価を兼ね備えたこの納豆は、かつて兵糧としても重宝され、秀吉の朝鮮出兵の際に藁つと納豆が兵士の命を支えたという伝説も残っている。
この納豆が育まれた背景には、岩出山の豊かな水と米の存在がある。江戸時代初期、伊達政宗は岩出山に居所を構え、城下町の整備とともに、農業基盤の構築にも力を注いだ。政宗が掘削させた人工河川「内川」は、江合川から分水され、町の中心部を流れる灌漑水路として機能した。この水路は、洪水防止と農業用水の供給を両立させる先進的な設計であり、現在も大崎耕土の広大な農地を潤している。
清らかな水と肥沃な土壌が育てた良質な米──それが、納豆の原料となる大豆とともに、岩出山の発酵文化を支えてきた。藁つと納豆は、微生物と人間の共生の知恵が詰まった食文化の象徴であり、現在も「あ・ら・伊達な道の駅」で購入することができる。手に取る藁の感触と、口に広がる納豆の香り──それは、政宗が築いた水の町の記憶そのものだ。
発酵とは何か──微生物と人間の共生の知恵
発酵とは、微生物の働きによって有機物が分解され、食品の風味や栄養価が高まる現象のこと。日本では、麹菌・酵母・乳酸菌などが主役となり、味噌・醤油・酒・漬物などが生み出されてきた。
発酵は保存性を高めるだけでなく、栄養素の吸収を助け、腸内環境を整えるなど、健康面でも多くのメリットがある。とくに麹には、消化酵素やビタミン類が豊富に含まれており、免疫力を高める効果も期待されている。
岩出山の発酵文化は、こうした微生物との共生の知恵を、日常の中に自然に取り入れてきた。麹屋の営み、味噌屋の仕込み、酒蔵の手仕事──それらはすべて、自然と人間が共に生きるための文化的営みなのだ。
城下町に息づく発酵の記憶──静かな町に響く微生物の声
岩出山は、かつての城下町であり、伊達政宗が居所を構えた文化の町でもある。政宗がこの地に藩校「有備館」を設け、教育と文化に力を注いだことはよく知られている。だが、町の奥には、食文化というもうひとつの文化の水脈が流れていた。
麹屋が集中する町、味噌と醤油の老舗が残る町、木造酒蔵が今も現役で稼働する町──岩出山は、微生物と人間が共に生きる「発酵の町」だった。静かな町並みに、麹の香りが漂い、発酵の音が聞こえてくるようだった。
文化とは、語られずとも、そこにあるだけで人の心に触れるもの。岩出山の発酵文化は、そんな静かな力を持っていた。