【宮城県大崎市】300年以上続く伊達家秘伝の「酒まんじゅう」をたずねるin岩出山・花山太郎右衛門商店
「酒まんぢう、ありますか?」──そう尋ねると、店の方は少し微笑んで「どうぞ何個ご所望ですか」と返してきた。私はその瞬間、ああ、これは“本物”だと確信した。酒まんぢうは、日持ちがしないので普通の和菓子屋では予約以外では販売しない。常備酒まんじゅうを、大量に用意している和菓子屋はほぼないのだが、ここ花山太郎右衛門商店は違う。そんな和菓子を、今も専門で作り続けている店がある──それが岩出山の「花山太右衛門商店」だ。
岩出山は、宮城県大崎市にある伊達政宗ゆかりの城下町。日本最古の学問所建築・有備館や岩出山しの竹細工などかつての武士の町の名残が残る。政宗が仙台に移る前に拠点とした歴史ある土地で、今も町並みに瓦屋根が残り、静かな風情を漂わせている。そんな岩出山には、もうひとつの顔がある。“発酵のまち”という呼び名だ。麹屋や糀カフェが点在し、味噌、甘酒、漬物など、発酵食品が日常に根付いている。酒まんぢうも、その文化の延長線上にある。
私は元々、京都の老舗和菓子屋で働いていた。いわゆる「酒まんじゅう」は、扱いが難しい菓子だった。発酵による皮の膨らみは、天候や湿度に左右される。冷蔵保存も効かず、作ったその日に食べるのが理想。だからこそ、一般流通には向かず、予約販売が基本だった。そんな酒まんぢうを、専門で作り続ける店があると聞き、私は岩出山へ向かった。
目的はただひとつ。300年続く伊達秘伝の酒まんぢうを、現地で手に入れ、家で味わうこと。そして、その味の奥にある土地の記憶と、職人の誇りを感じること。発酵のまち岩出山で、私は甘みを通して文化を旅することにした。
参考
みやぎ大崎観光公社「花山太右衛門商店|一般社団法人みやぎ大崎観光公社」
大崎市「酒まんぢう」
花山太郎右衛門商店の「酒まんぢう」とは?
花山太郎右衛門商店の「酒まんぢう」(酒まんじゅうの商品名)は、和菓子の中でも特異な存在だ。小麦粉と酒を使った皮で餡を包み、蒸して仕上げる──その工程だけを聞けば、さほど珍しくはないように思える。だが、酒まんぢうの本質は“発酵”にある。皮に使われる酒は、ただの清酒ではない。花山太右衛門商店では、国税局認可のどぶろくを使用しており、炭火で発酵させるという昔ながらの製法を守っている。大崎市はとくに麹屋が多く、どぶろくが多く作られていた歴史がある。
この発酵によって、皮はふっくらと膨らみ、ほのかな酒の香りが立ちのぼる。甘みの中に、微かな酸味と香ばしさが混ざり合い、他の饅頭にはない複雑な味わいを生む。しかも、アルコール度数は4%に調整されており、子どもや卵アレルギーの方でも安心して食べられるよう工夫されている。
発酵食品としての酒まんぢうは、保存が難しい。冷蔵しても風味が落ちやすく、冷凍すれば皮の食感が変わる。作ったその日に食べるのが理想であり、店頭でできたてを待って食べるのが最高の贅沢だ。こうした性質ゆえに、酒まんぢうは日持ちが重要視される一般流通には向かない。スーパーやコンビニではまず見かけないし、量産も難しい。
その分、専門店の存在は貴重だ。花山太右衛門商店のように、酒まんぢうを主力商品として扱い、発酵の技術と文化を守り続けている店は、全国的にも稀だろう。私は和菓子に携わったものとして、こうした店の存在に深く敬意を抱く。酒まんぢうは、ただの甘味ではない。それは、土地の微生物と職人の勘が生み出す、一期一会の味なのだ。
参考
花山太右衛門商店「酒まんじゅんについて」
農林水産省「酒まんじゅう(さけまんじゅう)|にっぽん伝統食図鑑 - 農林水産省」
花山太右衛門商店の歴史
酒まんぢうの歴史を語るとき、岩出山の「花山太右衛門商店」は欠かせない存在だ。その起源は享保二年(1717年)、岩出山城主・伊達村泰公が京都を訪れた際の逸話にさかのぼる。茶席で供された饅頭の味に感銘を受けた村泰公は、その出所を尋ねると「大阪天満橋の名物」と教えられた。帰路、村泰公は大阪に立ち寄り、菓子職人の太右衛門を伴って岩出山に戻ったという。
この太右衛門に「花山」の姓を与え、岩出山で饅頭を売り出したのが「花山まんぢう」の始まり。その製法には濁酒を混ぜるという独特の秘法があり、他の饅頭にはない風味を生んだ。以来、酒まんぢうは岩出山の銘菓として評判を呼び、店は大いに栄えた。今もその製法は守られ、炭火で発酵させるという昔ながらの手法が受け継がれている。
この伝承は、ただの美談ではない。伊達政宗が拠点とした岩出山という土地に、京菓子の流れを汲む酒まんぢうが根付いたことは、文化的にも意義深い。政宗が大阪から職人を連れてきたという事実は、彼が食文化にも強い関心を持っていたことを示している。戦国武将としての顔だけでなく、文化人としての政宗の一面が、酒まんぢうの中に息づいているのだ。
花山太右衛門商店は、今も岩出山の町に静かに佇んでいる。店構えは素朴だが、そこに並ぶ酒まんぢうは、300年の歴史を背負っている。私はその店先で、できたての酒まんぢうを手に取りながら、政宗の時代に思いを馳せた。甘みの奥に、雅な伝承がある──それが岩出山の酒まんぢうなのだ。
岩出山と発酵文化
岩出山を歩いていると、ふと甘酒の香りが漂ってくることがある。町のあちこちに麹屋や糀カフェが点在し、発酵食品が岩出山の日常に溶け込んでいる。味噌、漬物、甘酒──それらは単なる保存食ではなく、土地の気候と人の知恵が生んだ文化だ。岩出山は、そんな“発酵のまち”としての顔を持っている。
発酵食品は、微生物の力によって素材の栄養価や風味が高まる。麹菌や酵母が働くことで、甘みや旨みが引き出され、体にもやさしい。岩出山は、冬の寒さと夏の湿気がほどよく交差する土地柄で、発酵に適した環境が整っている。昔から味噌や漬物づくりが盛んで、家庭でも糀を扱う文化が根付いてきた。
そんな岩出山に、酒まんぢうがあるのは偶然ではない。酒まんぢうは、発酵の力を活かした和菓子だ。皮に使われるどぶろくは、炭火で発酵させるという昔ながらの製法で作られており、天候や湿度によって仕上がりが変わる。職人はその日の気温や粉の状態を見極めながら、蒸す時間や配合を調整する。まさに“生きた菓子”であり、発酵文化の象徴とも言える存在だ。
岩出山には、糀をテーマにしたカフェ「TAWEMON」もある。酒まんぢうを揚げた「揚げ酒まんぢう」や、梅干しを乗せた「梅ぇ酒まんぢう」など、発酵の魅力を活かしたメニューが並ぶ。店内は古民家を改装した趣ある空間で、糀を使った甘酒や豆乳ドリンクも提供されている。発酵食品が、日常の中で自然に楽しめる場所だ。
私はこの町を歩きながら、発酵という営みが、ただの技術ではなく“暮らしそのもの”であることを実感した。酒まんぢうは、その中でも特に繊細で、職人の勘と土地の空気がなければ生まれない味だ。岩出山の人々が、発酵を誇りとして受け継いでいることが、町の空気から伝わってくる。
発酵は、目に見えない微生物の働きによって、素材を変化させる。それは、時間とともに味が深まり、香りが育つという、静かな魔法のようなものだ。岩出山の酒まんぢうは、その魔法を閉じ込めた菓子だと思う。甘みの奥に、微生物の息づかいと、土地の記憶がある──そんな感覚を、私はこの旅で初めて味わった。
花山太右衛門商店をたずねる
岩出山の町に入ると、空気が少し変わる。瓦屋根の家々が並び、どこか懐かしい風景が広がる。目的地は「花山太右衛門商店」。酒まんぢう専門の老舗で、事前に電話で予約をしていた。酒まんぢうは日持ちしないため、基本的に予約販売。店頭に並ぶことは少なく、確実に手に入れるには事前の連絡が欠かせない。
店は岩出山字二の構にあり、静かな通り沿いに佇んでいる。暖簾をくぐると、店内には酒まんぢうの香りがふわりと漂っていた。炭火で発酵させた皮の香ばしさと、ほのかな酒の香りが混ざり合い、まるで時間がゆっくりと流れているようだった。
対応してくれたのは、年配の女性店主。予約名を告げると、奥から包みを持ってきてくれた。「今日は天気が良かったから、発酵もきれいに進んで、いい仕上がりですよ」と笑顔で話してくれた。酒まんぢうは、天候によって仕上がりが変わる。職人の勘と経験がものを言う世界だ。
店頭には、揚げ酒まんぢうや梅ぇ酒まんぢうも並んでいた。揚げ酒まんぢうは、衣をつけてカラリと揚げたもので、カフェTAWEMONでは揚げたてが楽しめるという。梅ぇ酒まんぢうは、岩出山産の梅干しをあんの上に乗せた変わり種。酸味と甘みの絶妙なバランスがクセになると評判だ。
私は定番の酒まんぢうと、揚げ酒まんぢうを購入。冷凍された状態で渡され、持ち帰ってから自然解凍するようにとの説明を受けた。保存方法や温め方も丁寧に教えてくれた。蒸し器、レンジ、トースター──どれも風味が変わるので、好みに合わせて試してみてくださいとのこと。
店を出るとき、店主が「また季節が変わったら、味も変わりますよ」と言った。その言葉が印象的だった。酒まんぢうは、季節とともに生きている。私は包みを抱えながら、岩出山の空気とともに、その言葉を噛みしめた。
花山酒まんじゅう店
所在地: 〒989-6436 宮城県大崎市岩出山二ノ構147
電話番号: 0229-72-1004
家で味わう酒まんぢう
自宅に戻り、冷凍された酒まんぢうをそっと冷蔵庫に移した。自然解凍を待つ時間は、旅の余韻そのものだった。翌朝、包みを開けると、ふっくらとした酒まんぢうが現れた。皮の表面には、炭火発酵による微かな墨の跡が残っていて、それがむしろ美しく見えた。
まずは蒸し器で温めてみる。強火で20分。蒸気が立ちのぼる中、酒の香りが部屋に広がっていく。蒸し上がった酒まんぢうは、皮がふわりと膨らみ、指で押すとしっとりと戻る弾力がある。口に運ぶと、まず皮の香ばしさが広がり、続いて餡の甘みが追いかけてくる。酒の香りはほんのりと残り、後味に深みを与えていた。
次に、レンジで温めたものを試す。500Wで約50秒。蒸し器ほどのふくらみはないが、皮のしっとり感が際立つ。こちらは、より“生”の印象が強く、発酵の香りがダイレクトに感じられる。トースターで焼いたものは、表面に軽く焦げ目がつき、香ばしさが増す。皮が少しパリッとして、餡とのコントラストが楽しい。
揚げ酒まんぢうは、別格だった。衣のサクサク感と、酒まんぢうのふんわり感が一体となり、まるで洋菓子のような印象。醤油を少し垂らして食べると、甘じょっぱい味わいが広がり、これはもう“おかず”に近い。酒まんぢうの可能性を感じる一品だった。
家族にも食べてもらったが、「これは和菓子なの?発酵食品なの?」と不思議そうに笑っていた。確かに、酒まんぢうはその両方だ。甘みの中に、微生物の働きが息づいている。季節や天候によって味が変わるという点も、まるで生き物のようだ。
私は最後のひとつを、常温で食べた。冷たくても美味しい。皮の発酵香がじんわりと広がり、餡の甘みが静かに溶けていく。酒まんぢうは、ただの饅頭ではない。それは、土地の空気と職人の勘が生み出す、一期一会の味だった。
まとめ
岩出山の酒まんぢうを食べて、私はひとつの確信を得た。これは、単なる郷土菓子ではない。発酵という営みの中に、土地の記憶と人の手仕事が宿っている。300年続く花山太右衛門商店の酒まんぢうは、伊達政宗の時代から受け継がれてきた雅な味であり、岩出山という町の誇りそのものだった。
発酵食品は、目に見えない微生物の力によって素材を変化させる。その変化は、時間とともに味を深め、香りを育てる。酒まんぢうは、その変化を皮に閉じ込めた菓子だ。炭火で発酵させ、天候に合わせて仕上げを調整する──そんな繊細な仕事を、今も守り続けている職人がいることに、私は深い敬意を抱いた。
伊達政宗が仙台に移る前に拠点とした岩出山という城下町は、発酵文化が根付いたまちだ。麹屋が点在し、糀カフェが日常に溶け込んでいる。酒まんぢうは、その文化の象徴であり、微生物と人間が共に生きる証でもある。こうした文化が、今も地元に残っていることは、奇跡に近い。全国的に見ても、酒まんぢうを専門で作り続ける店は稀であり、花山太右衛門商店の存在は、日本の伝統を守る灯火のようだ。
私は元和菓子屋として、酒まんじゅうの難しさを知っている。発酵の具合は一日として同じではなく、保存も効かない。だからこそ、予約販売が基本であり、一般流通には向かない。そんな菓子を、専門店として守り続けることは、並大抵のことではない。
この旅を通して、私はあらためて思う。和菓子とは、味だけでなく、土地と人と時間を包み込む器なのだと。岩出山の酒まんぢうは、そのことを静かに、けれど力強く教えてくれた。
