【宮城県大崎市】日本最大のこけし祭事「全国こけし祭り」を訪ねるin鳴子温泉郷
鳴子温泉郷──その名を聞くだけで、湯の香りと木のぬくもりが立ちのぼるような気がする。宮城県大崎市にあるこの温泉地は、江戸時代から続く湯治場として知られ、長期滞在型の療養文化が根づいてきた。だが鳴子の魅力は、湯だけではない。ここには「手の記憶」がある。木を削り、絵を描き、漆を塗る──人の手が生み出す文化が、今も町の空気の中で息づいている。
その象徴が、鳴子こけしと鳴子漆器である。こけしは、湯治客が子どもへの土産として持ち帰ったことから始まり、「湯の記憶を持ち帰る器」として定着した。鳴子系こけしは、胴と頭が別々に作られ、首を回すと「キュッキュッ」と鳴る構造が特徴。絵柄には菊や桜、紅葉などが描かれ、鳴子の四季が宿っているようだ。
毎年9月に開催される「全国こけし祭り」は、そんな鳴子の文化を祝福する祭典である。全国11系統の伝統こけしが一堂に会し、工人たちの制作実演や絵付け体験、供養祭、パレードなどが行われる。こけし柄の浴衣をまとった人々が温泉街を練り歩く光景は、鳴子という町全体が「手仕事の記憶」に包まれているようだった。
私はこの祭りの本質に触れたくて、鳴子へ向かった。木の香り、紙の音、筆の流れ──それらすべてが、鳴子という土地の文化の深層を物語っていた。こけしは、過去の遺産ではなく、今も生きている。それを確かめるために、私はこの町を歩いた。
参考
全国こけし祭り | 「こけしのまち」に日本各地の伝統こけしが勢ぞろい
所在地:〒989-6822 宮城県大崎市鳴子温泉
全国こけし祭りの目的・歴史・いつから
全国こけし祭りは、宮城県大崎市鳴子温泉で毎年9月初旬に開催される、伝統こけしの一大行事である。昭和23年(1948年)に始まり、2025年で第70回を迎えるこの祭りは、全国11系統の伝統こけしが一堂に会する、まさに「こけしの祭典」だ。
祭りの目的は、こけし文化の継承と発信、そして工人たちの技と心を広く伝えることにある。会場では、各地の工人による制作実演や展示販売が行われ、来場者は旋盤の音や木の香り、筆の流れを間近に感じることができる。こけし絵付け体験やこけし供養祭、こけし柄の浴衣を着て鳴子踊り、はりごてこけしパレードや万燈神輿(まんとうみこし)などを通じて、こけしが単なる人形ではなく、「暮らしの祈り」として今も生きていることが伝わってくる。
この祭りが鳴子で開催される背景には、鳴子温泉郷がこけし発祥の地のひとつであるという歴史がある。江戸時代、湯治場として栄えた鳴子では、湯治客が子どもへの土産として持ち帰った木の人形が、こけしの原型となった。以来、木地師から工人へと技が受け継がれ、鳴子系こけしは独自の進化を遂げてきた。
全国こけし祭りは、そうした歴史と文化を祝福し、未来へとつなぐ場である。こけしは、木と人と湯の文化が結びついた象徴であり、鳴子という町の精神そのものなのだ。
こけし工人による制作実演と絵付け・展示販売
旧鳴子小学校体育館では、各産地の工人による制作実演と展示販売が行われていた。旋盤の音が響き、木地を削る手の動きに迷いがない。鳴子系こけしの特徴である「キュッキュッ」と鳴る頭の構造も、目の前で仕上げられていく。木の声を聞きながら形を整えるその姿は、まさに職人の舞だった。
絵付け体験にも参加した。胴に筆を走らせると、木目が筆先を導いてくれるような感覚がある。菊や桜の模様を描きながら、鳴子の季節や空気を感じる。隣では子どもたちが夢中になって絵付けをしていて、こけし文化が世代を超えて手渡されているのが伝わってきた。
大崎市立鳴子小学校
〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元29
鳴子温泉の湯治と「こけし」
鳴子温泉郷は、江戸時代から続く湯治場として知られている。長期滞在型の湯治文化は、療養だけでなく、地域の手仕事と深く結びついていた。こけしが鳴子で育まれた背景には、この湯治文化がある。湯治客が子どもへの土産として持ち帰ったのが始まりとされ、こけしは「湯の記憶を持ち帰る器」として定着していった。
鳴子系こけしは、胴と頭が別々に作られ、頭を回すと「キュッキュッ」と鳴る構造が特徴だ。これは、子どもが遊ぶ際の楽しさを意識した工夫でもあり、湯治場ならではの生活感が反映されている。絵柄には菊や桜、紅葉などが描かれ、鳴子の四季が宿っているようだった。
こけしの系統
こけしには、東北各地に伝わる11系統がある。津軽、南部、木地山、鳴子、作並、遠刈田、弥治郎、土湯、蔵王高湯、肘折、山形──それぞれに形状や絵付けの特徴があり、土地の風土と職人の美意識が反映されている。
鳴子系は、頭が胴に差し込まれる構造で、首を回すと音が鳴る。顔はやや面長で、眉と目が力強く描かれ、胴には重ね菊や二重の花模様が施される。これは、鳴子の山々の力強さと、湯治場の華やかさを映したものだと感じた。
参考
東北経済産業局「宮城県・宮城伝統こけし |東北の伝統的工芸品 」
温泉神社での供養
こけし供養祭では、私自身も一本のこけしを奉納した。数年前に鳴子で求めたもので、棚に飾っていたが、今回の祭りに合わせて「役目を終えたこけし」として神前に捧げた。木の人形に手を合わせる行為は、思いのほか深いものだった。手に取った瞬間の記憶、旅の空気、職人の筆の流れ──それらが静かに昇華されていくようだった。
所在地: 〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元31−1
電話番号: 0229-82-2320
こけし工人との対話
祭りの会場では、工人の方とも言葉を交わした。鳴子のこけしは、地元のミズキやイタヤカエデなどを使い、山から伐り出した木を乾燥させ、旋盤で削る。工人は、木の性質を見極めながら、刃を入れる角度を調整するという。「木は生きてるから、急げば割れる」と語るその言葉に、自然との対話が感じられた。
こけしは、工人と絵付師の分業によって作られる。木を削る者と、絵を描く者──その協働が、一本のこけしに命を吹き込む。鳴子のこけしは、山と人と湯の文化が結びついた象徴なのだ。
こけし柄の浴衣
祭りの夜、フェスティバルパレードでは、鳴子こけし柄の浴衣をまとった人々が「鳴子踊り」と共に温泉街を練り歩いていた。遠目には華やかだが、近づいて見ると、柄に描かれたこけしの表情が一体ずつ異なり、筆の揺らぎや目の描き方に職人の美意識が宿っているのがわかる。伝統と遊び心が共存する鳴子らしい意匠であり、町全体がこけしに染まる祝祭空間だった。
鳴子温泉郷の旅館やホテルで出される浴衣には、こけし柄があしらわれたものが多い。最初に見たときは「まさか浴衣まで…」と驚いたが、聞けば岩手の染物屋に特注しているという。鳴子の文化が、布の上にまで染み込んでいることに感嘆した。浴衣姿の子どもたちが、巨大な張りぼてこけしの後を楽しげに追いかける。その光景を見ながら、私は思った。こけしは、鳴子の文化そのものだ。木と湯と人の記憶が、一本の人形に凝縮されている。
鳴子温泉郷周辺の観光スポット
こけしと鳴子漆器の文化に触れた後は、鳴子温泉郷周辺の観光施設もぜひ巡りたい。まず外せないのが「鳴子峡」。紅葉の名所として知られ、深い渓谷に架かる大深沢橋からの眺めは圧巻。四季折々の自然美が、工芸の色彩感覚とも響き合う。
「日本こけし館」では、全国の伝統こけしの展示や制作工程の紹介があり、祭りの余韻を深めてくれる。さらに「潟沼」は、火山湖ならではの神秘的な青が印象的で、湯治文化と地形の関係を体感できる場所だ。
温泉街には足湯や共同浴場も点在し、旅館ではこけし柄の浴衣での滞在も楽しめる。鳴子は、手仕事と自然、湯と祈りが交差する文化の地。祭りと合わせて訪れることで、地域の魅力をより深く味わえる。
まとめ
鳴子のこけしと鳴子漆器は、単なる民芸品や観光土産ではない。そこには、山の木と人の手、湯治文化と暮らしの祈りが深く結びついている。江戸時代から続く湯治場としての鳴子温泉郷では、長期滞在する湯治客と地元の職人たちとの交流が、こけしという文化を育んできた。湯の記憶を持ち帰る器として、こけしは生まれ、今もその役目を果たしている。
鳴子系こけしの特徴である「キュッキュッ」と鳴る頭の構造や、重ね菊や二重花模様の絵付けには、子どもへの思いや鳴子の四季が映し出されている。工人たちは、地元の木を見極め、旋盤で削り、絵付師と協働して一本のこけしに命を吹き込む。その手の動きには、自然との対話と、土地の記憶を形にする誠実さが宿っている。
全国こけし祭りでは、制作実演や絵付け体験、供養祭、パレードなどを通じて、こけし文化が世代を超えて手渡されていることを実感できた。こけし柄の浴衣をまとった人々が温泉街を練り歩く光景は、鳴子という町全体が「手の記憶」に包まれているようだった。
鳴子漆器もまた、使い込むほどに艶を増し、暮らしに寄り添う器として今も生きている。鳴子の文化は、過去の遺産ではなく、今も町の空気の中で息づくものだ。木と湯と人の記憶が交差するこの地で、私は確かに「祈りのかたち」に触れた。
