【宮城県大崎市】郷土和菓子「雁月(がんづき)」を訪ねるin松山(まつやま)

私は地域文化ライターとして、日本各地に根づく風習や食文化を掘り起こし、現代の言葉で伝える仕事をしている。なぜそれを続けているのか──それは、文化の本質が制度や建築だけでなく、日々の暮らしの中にこそ宿っていると信じているからだ。特に郷土料理や菓子には、その土地の気候、産業、信仰、そして人々の知恵が凝縮されている。だからこそ、私は「食べる」ことで地域の声を聞き、「書く」ことでその記憶を共有したいと願っている。

今回訪れたのは、宮城県大崎市。目的は、宮城北部の郷土菓子として有名な「がんづき」を味わいながら、この地に息づく文化の奥行きを探ること。がんづきは、ただの蒸し菓子ではない。それは、晩秋から冬にかけて蕪栗沼に飛来するマガンの姿と重なり、自然と人の共生を象徴するような存在だった。

がんづきとは

「がんづき」は、宮城県北部を中心に親しまれてきた郷土菓子で、黒糖と重曹を使った蒸しパンのような菓子。名前の由来は諸説あるが、最も有力なのが「雁がつく(雁が飛来する)」という意味から来ているという説。黒糖の生地に砕いたしそや胡麻が混ざり、焼き上がった表面が黒く斑点のようになる様子が、空から舞い降りるマガンの群れを思わせる。

もち米や小麦粉をベースにした生地は、蒸すことでふっくらと膨らみ、もちもちとした食感に仕上がる。甘さは控えめで、黒糖のコクとしその香りが口の中に広がる。素朴ながらも滋味深く、どこか懐かしい味わいがある。がんづきは、冠婚葬祭や地域の集まり、農作業の合間など、暮らしの節目に登場する「語りの菓子」でもある。

農林水産省「がんづき 宮城県 | うちの郷土料理:農林水産省

なぜ大崎市でがんづき

大崎市田尻地区には、ラムサール条約にも登録された蕪栗沼がある。秋から冬にかけて、シベリアから渡ってくるマガンの群れがこの沼に飛来し、空高く集団飛行する姿は圧巻だ。かわいらしい鳴き声が響き渡り、晩秋の風に乗って冬の到来を告げる。マガンは、信頼できる土地にしか降りないと言われており、日本ではほとんどが蕪栗沼と登米市の伊豆沼・内沼に集中して飛来する。

この自然との共生の象徴とも言えるマガンが、地域の銘菓「がんづき」に名を残していることは、偶然ではない。かつては害鳥とみなされていたマガンが、今では地域の誇りとして菓子に姿を変え、美しくデザインされている。これは、自然と人との関係が変化し、共生へと向かってきた証でもある。

古代中国では、雁の飛来は吉兆の証として尊ばれていた。大崎のがんづきもまた、季節の移ろいと土地の恵みを祝う「吉兆の菓子」として、静かに人々の暮らしに寄り添っている。

松山の松月堂でがんづきを購入

大崎市松山地区にある「松月堂」は、創業百余年の歴史を持つ和菓子店。店構えは素朴ながらも風格があり、地元の人々に長く親しまれてきたことが伝わってくる。私が訪れたのは晩秋の午後。店内には、季節の贈答品を選ぶ常連客の姿があり、がんづきやもすほ糖といった菓子が並んでいた。

「がんづき」は、宮城県北部で広く親しまれている蒸し菓子で、黒糖と重曹を使った生地に、胡麻やクルミなどを加えて蒸し上げる。松月堂のがんづきは、ふっくらとした丸い形で、手のひらに収まるほどのサイズ。表面には砕いた胡麻が散りばめられ、黒糖の生地に深みのある香りが漂っていた。口に運ぶと、もちもちとした食感の中に、黒糖のコクとしその爽やかな風味が広がる。甘さは控えめで、素朴ながらも滋味深い味わいだった。

一方、店内には「松山銘菓」として「もすほ糖」という落雁も並んでいた。こちらは、雁をかたどった造形が施されており、晩秋に大崎市に飛来するマガンを意識した意匠であることがうかがえる。店主によれば、「もすほ糖」は古くから松山の贈答菓子として親しまれており、雁の姿は地域の自然とのつながりを象徴するものとして用いられているという。

がんづきの黒糖と胡麻の色合いや質感が、近隣の蕪栗沼や伊豆沼を求めて空を舞う雁の群れを連想した。菓子の造形や味わいが、土地の風景や季節の記憶と重なり合う瞬間──それこそが、郷土菓子の魅力なのだろう。

店主は「がんづきは昔から祝いの場に欠かせない菓子です。雁が来ると冬が来るって、子どもたちも空を見上げてましたよ」と語ってくれた。その言葉には、菓子を通して季節を感じ、自然と共に暮らしてきた地域の記憶が滲んでいた。

がんづきは、単なる蒸し菓子ではない。それは、土地の風景と人々のまなざしが折り重なった「語りの器」。松月堂で手に取った一粒には、蕪栗沼や伊豆沼の空、マガンの鳴き声、祝いの場の笑顔──そうした大崎の記憶が、静かに宿っていた。私はその味を噛みしめながら、菓子に込められた土地の語りに耳を澄ませていた。

参考

所在地:〒987-1304 宮城県大崎市松山千石松山232−1

電話番号:0229553113

がんづきのレシピ

がんづきは、宮城県北部を中心に受け継がれてきた郷土菓子である。主な材料は小麦粉、黒砂糖、重曹、卵、牛乳、胡麻などであり、これらを混ぜ合わせて蒸すことで、ふっくらとした食感と素朴な甘みが生まれる。黒砂糖のコクと胡麻の香ばしさが調和し、家庭の味として親しまれてきた。

作り方は以下の通りである。まず、黒砂糖を牛乳で溶かし、卵を加えてよく混ぜる。次に、小麦粉と重曹をふるい入れ、全体がなめらかになるまで混ぜ合わせる。最後に胡麻を加え、型に流し込んで蒸し器で約20分蒸す。蒸し上がった生地はふっくらと膨らみ、黒糖の香りが立ち上がる。

地域や家庭によっては、もち粉や米粉を加えてよりもっちりとした食感に仕上げることもある。祝いの場では大きな型で焼き、切り分けて振る舞うことも多く、がんづきは日常と儀礼の両方に寄り添う菓子である。

参考

宮城県「がんづき」JA新みやぎ栗っこ女性部 栗駒支部 |旬を味わう(お手軽レシピ)|JAグループ

がんづき 宮城県 | うちの郷土料理

よくある質問──がんづきにまつわる素朴な疑問に答える

Q:がんづきと蒸しパンはどう違うのですか?
A:見た目は似ていますが、がんづきは黒砂糖と重曹を使った生地に胡麻を加え、独特の香ばしさとコクがあるのが特徴です。蒸しパンが洋風の菓子として発展したのに対し、がんづきは東北地方の風土に根ざした郷土菓子で、祝いの場や仏事など特別な場面でも食べられます。

Q:どんな時に食べられているのですか?
A:冠婚葬祭や地域の集まり、農作業の合間など、暮らしの節目に登場することが多いです。特に祝いの場では大きな型で蒸され、切り分けて振る舞われることもあります。日常のおやつとしても親しまれています。

Q:どの地域で食べられているのですか?
A:主に宮城県北部(大崎市、登米市、栗原市など)で広く食べられており、岩手県南部にも類似の蒸し菓子文化があります。家庭ごとに味や形に違いがあり、地域の個性が表れています。

Q:どこで購入できますか?
A:地元の和菓子店や道の駅などで販売されています。大崎市松山地区の「松月堂」では手づくりのがんづきが並び、季節や行事に合わせて販売されることもあります。事前に確認すると確実です。

まとめ

がんづきは、単なる蒸し菓子ではなく、土地の風景と人々の記憶が折り重なった語りの器である。黒糖の香り、胡麻の風味、ふっくらとした食感──その一粒には、晩秋の空を舞う雁の群れや、祝いの場に集う人々の笑顔が静かに宿っている。蕪栗沼や伊豆沼に飛来するマガンの姿と重ねて語られることもあり、がんづきという名には季節の移ろいと自然へのまなざしが込められていると感じられる。

地域文化とは、制度や建築だけでなく、日々の暮らしの中にこそ息づいているものである。がんづきはその象徴であり、手のひらに乗る小さな一椀の中に、土地の歴史と人々の営みが凝縮されている。これからも、こうした食の語り部に耳を傾けながら、地域文化の奥深さを丁寧に伝えていきたい。がんづきは、その静かな力を持つ菓子である。

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です