【宮城県仙台市】玩具である仙台張子訪問記inこけしのしまぬき・本郷だるま屋
紙の命を宿す──仙台張子と出会う旅
京都に住む私の机には、伏見人形のほていさんが鎮座している。ぽってりとした体に福々しい笑顔。子どもの頃から見慣れたその姿は、私にとって「郷土玩具」の原風景だ。だが、地元・宮城県にも同じような人形文化があると知ったのは、つい最近のことだった。しかも、仙台張子は子ども向けに可愛らしいデザインが多く、十二支の動物たちが色鮮やかに並ぶという。その話を聞いて、私は仙台へ向かった。
目的地は、仙台市中心部のアーケード街にある「こけしのしまぬき」。創業100年以上の老舗で、こけしや郷土玩具、民芸品が所狭しと並ぶ店だ。店内に入ると、すぐに目に飛び込んできたのが、棚にずらりと並ぶ「仙台創作張子」だった。
十二支が並ぶ──仙台創作張子の魅力
仙台創作張子は、干支をモチーフにした張子人形で、子(ね)から亥(い)までの十二支が揃っている。価格は1,540円(税込)と手頃で、サイズも掌に収まるほどの可愛らしさ。それぞれの動物が、柔らかな丸みを帯びたフォルムで造形され、表情はどれも優しく、どこかユーモラスだ。
たとえば「寅(とら)」は、黄色の体に黒い縞模様がくっきりと描かれ、目はくるりと丸く、口元には笑みが浮かぶ。「卯(う)」は白地にピンクの耳、赤い目が印象的で、まるで童話のうさぎのように愛らしい。「巳(み)」は2025年特別版が完売していたが、通常版でも緑と赤の配色が鮮やかで、蛇というモチーフに怖さはなく、むしろ親しみを感じる。
これらの張子は、子どもが手に取って遊べるように設計されている。紙と糊で作られた軽さ、丸みのある形状、そして割れにくい構造。まさに「遊べる民芸品」なのだ。しまぬきの店員さんも「お子さんの初節句や誕生日に干支を贈る方が多いですよ」と教えてくれた。
こけしのしまぬき本店
所在地:〒980-0811 宮城県仙台市青葉区一番町3丁目1−17 しまぬきビル 1階
張子とは何か──紙に命を吹き込む技術
張子とは、型に和紙を貼り重ねて成形し、乾燥させた後に彩色を施す伝統技法である。日本各地に張子文化はあるが、仙台張子は特に「子どもの健やかな成長を願う」玩具として発展してきた。
仙台張子の起源は江戸時代後期とされ、仙台藩の城下町で紙細工職人が作り始めたのが始まりだ。明治期には「松川だるま」などの縁起物とともに、節句や祭礼の贈答品として広まり、昭和期には玩具としての需要も高まった。
現在、仙台張子は宮城県の伝統的工芸品に指定されており、職人の手仕事によって一点一点作られている。型取りから彩色までの工程はすべて手作業で、特に顔の表情は職人の感性が光る部分だ。同じ「戌(いぬ)」でも、目の描き方や口元の曲線で印象がまるで違う。まさに「紙に命を吹き込む」技術なのだ。
本郷だるま屋──仙台張子の技術を継ぐ工房
仙台張子の伝統技術を現在も継承しているのが「本郷だるま屋」だ。初代・本郷久三郎が、仙台張子の創始者とされる松川豊之進に弟子入りし、技術と木型を受け継いだ。現在は10代目の本郷久孝・尚子夫妻が、仙台市青葉区川平の工房で製作を続けている。
本郷だるま屋では、張子の技術を応用した「松川だるま」も製作しており、赤いだるまに金の眉、白い髭が特徴的。願掛けや合格祈願の縁起物として親しまれている。型に和紙を貼り、乾燥させ、胡粉を塗って下地を整え、彩色を施す。目入れの瞬間は、まさに命が宿るような緊張感があった。
仙台張子と松川だるまは、用途や表現は違えど、根底にある技術と精神性は共通している。現在、仙台張子を本格的に制作・販売しているのは本郷だるま屋のみとされ、県の伝統的工芸品指定の担い手として紹介されている。
松川だるま 本郷だるま屋
所在地:〒981-0954 宮城県仙台市青葉区川平4丁目32−12
電話番号:0223474837
子どものための工芸文化──宮城の成熟した民芸
仙台張子は玩具であり、こけしもまた元は子どものための玩具だった。宮城県は、こうした「子どものための伝統工芸品」が今も残っている、全国でも珍しい地域だと思う。張子もこけしも、子どもが手に取って遊び、育ちの中で触れるものとして作られてきた。
それが今も続いているということは、子どもを愛する文化が地域に根付いているということだ。単なる懐古ではなく、暮らしの中で工芸が生きている。私は、宮城の民芸が「成熟した文化」だと感じた。子どもに向けて作られたものが、今も手仕事で守られている──それは、地域の美意識と人の温かさの証だ。
張子を手にして──暮らしに宿る祈り
私は、しまぬきで「仙台創作張子・卯(う)」を購入した。干支が卯の家族への贈り物として選んだものだが、手に取るとその軽さと温かさに驚いた。紙の質感、彩色の筆跡、目の表情──すべてが手仕事の痕跡を残している。
家に帰って棚に飾ると、部屋の空気が少し柔らかくなった気がした。張子は、ただの飾りではない。そこには、子どもの成長を願う気持ち、季節を祝う心、手仕事への敬意が宿っている。伏見人形のほていさんと並べると、東と北の文化が静かに語り合っているようだった。
仙台張子は、紙に命を吹き込む文化だ。そしてその命は、贈る人、飾る人、遊ぶ人の暮らしの中で、静かに息づいていく。