【宮城県仙台市】仙台発祥「テールスープ」を食べるin仙台駅牛タン通り・味の牛たん喜助
地名や料理は、土地の記憶を映す器だ。私は地域文化を記録する仕事をしているが、食の風景を歩く旅は、いつも特別な感覚を伴う。今回訪れたのは、宮城県仙台市──その玄関口である仙台駅の構内にある「牛たん通り」。駅の中に、仙台名物の牛たん専門店がずらりと並ぶこの通りは、旅人と地元民が交差する食の回廊だ。
私が向かったのは「味の牛たん喜助」。創業昭和50年、仙台牛たんの草分け的存在であり、炭火焼きの香ばしさと熟成技術に定評がある。注文したのは定番の「牛たん定食」。厚切り牛たん、麦飯、南蛮味噌、そして──テールスープ。
このテールスープこそ、私が今回の旅で最も味わいたかったものだ。牛の尻尾をじっくり煮込んだ澄んだスープは、仙台牛たん文化のもうひとつの主役。なぜ仙台でテールスープが生まれたのか。どんな味がするのか。私はその答えを探すため、駅の中の食卓に向かった。
参考
宮城県旬鮮探訪「なぜ牛タンが仙台名物に⁉ おすすめのお店やお取り寄せも紹介!」
🟨 テールスープとは──静けさと滋養が宿る一椀
テールスープとは、牛の尾(テール)を骨ごとじっくり煮込んで作るスープのこと。牛たん定食には欠かせない一品であり、澄んだ見た目とは裏腹に、深い旨みとコクがある。骨から染み出すゼラチン質と、肉の繊維がほろほろとほどける食感──それらが一体となって、滋味深い味わいを生み出す。
脂っこさはなく、後味はすっきり。薬味として白髪ねぎが添えられることが多く、牛骨の旨みを引き立てる。冷えた体をじんわりと温めてくれるような、静かな力を持つスープだ。牛たん焼きの香ばしさとは対照的に、テールスープは定食の「静の主役」として、仙台の食卓に根づいている。
🟩 なぜテールスープは仙台発祥?──戦後の知恵と工夫
仙台で牛たんが名物となったのは、戦後の混乱期──昭和23年(1948年)に開店した「味太助」の店主・佐野啓四郎氏が、廃棄されがちだった牛の舌(たん)と尾(テール)に着目したことが始まりだったという。進駐軍が持ち込んだ牛肉文化の中で、地元の食肉業者が不要とされた部位を飲食店に持ち込んだことが契機となったと言われている。
佐野氏は、牛たんを炭火で焼くことで香ばしさと旨みを引き出し、麦飯や浅漬け、南蛮味噌と組み合わせて「牛たん定食」というスタイルを確立した。その中で、牛の尾を長時間煮込んだテールスープは、栄養価が高く、体を温める汁物として定着していった。
牛たん定食は、麦飯・浅漬け・南蛮味噌・テールスープという構成で、戦後の食糧難を背景に「安くて栄養があり、満足感のある食事」を目指した工夫の結晶だった。仙台の牛たん文化は、捨てられていた部位を活かす知恵と、人々を元気づけたいという思いから生まれたのである。
参考
TBSNEWSDIG「「苦肉の策で塩ふって焼いてみたら…」“牛タン”なぜ仙台が発祥」
日本テレビNEWSNNN「【解説】『牛タン』なぜ仙台名物?戦後の和食職人と敏腕営業 ...」
仙台駅牛タン通り
昼下がりの仙台駅。改札を抜け、エスパル地下の「牛たん通り」へ向かうと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。通りには「利久」「伊達の牛たん」「喜助」などの名店が並び、どこも行列ができていた。私は迷わず「味の牛たん喜助」へ。創業昭和50年、仙台牛たんの老舗である。
店内はカウンターとテーブル席があり、旅人と地元民が肩を並べて牛たんを待っている。注文したのは「牛たん定食(しお味)」。炭火で焼かれた厚切り牛たん、麦飯、南蛮味噌、そしてテールスープ──仙台牛たんの王道セットだ。
まずは牛たん。表面は香ばしく焼き目がつき、噛むとじゅわっと肉汁が広がる。厚みがあるのに柔らかく、熟成された旨みが口の中でほどけていく。南蛮味噌をちょんと乗せると、辛味とコクが加わり、麦飯が進む。麦飯のぷちぷちとした食感が、牛たんの濃厚さをほどよく中和してくれる。
そして、テールスープ。澄んだスープの中に、骨付きのテール肉が一塊。レンゲでひと口すすると、牛骨の旨みがじんわりと広がり、後味はすっきり。肉は箸でほろりと崩れ、繊維が舌の上でほどける。脂っこさはなく、滋養と静けさが同居する味わいだった。
このスープは、牛たん焼きの香ばしさとは対照的に、静かで深い。仙台の食文化が、派手さではなく、素材の力を信じることに根ざしていることを感じた。テールスープは、牛たん定食の脇役ではなく、もうひとつの主役なのだ。
食後、店員さんに「テールスープは仙台発祥なんですか?」と尋ねると、「はい、牛たんと一緒に生まれたんですよ。昔は捨てていた部位を、工夫して使ったんです」と笑顔で答えてくれた。食の記憶は、人の知恵と優しさに支えられている。
私は店を出て、駅の喧騒の中に戻った。牛たんの香りとテールスープの余韻が、仙台という町の記憶として、静かに残っていた。
所在地:所在地: 〒980-0021 宮城県仙台市青葉区中央1丁目1−1 JR仙台駅 3階 牛たん通り内
電話番号: 022-221-5612
参考:牛たん通り|JR東日本東北総合サービス株式会社【LiViT】
🟪 まとめ
仙台駅の「牛たん通り」は、旅人と地元民が交差する食の回廊だ。その中で味わった「味の牛たん喜助」の牛たん定食は、仙台の食文化の縮図だった。炭火焼きの牛たんは、香ばしさと熟成の旨みが重なり、麦飯と南蛮味噌がその味を引き立てる。そして、テールスープ──静けさと滋養が宿る一椀が、定食を完成させていた。
テールスープは、牛の尾をじっくり煮込んで作る澄んだスープ。仙台では、戦後の食材不足の中で、廃棄されがちだった部位を活用する知恵と工夫から生まれた。牛たん焼きの香ばしさとは対照的に、テールスープは静かで深い。仙台の食文化が、素材の力を信じることに根ざしていることを感じさせる。
この一椀には、戦後の混乱期を生き抜いた人々の知恵と、食材への敬意が込められている。牛たん定食は、ただの名物料理ではない。仙台という土地が育んだ「工夫と誠実さの味」なのだ。
私は駅の喧騒の中で、牛たんの香りとテールスープの余韻を胸に、仙台という町の記憶を静かに持ち帰った。食べることは、土地の歴史に触れること──そのことを、仙台駅の一角で改めて実感した。