【宮城県白石市】郷土料理「白石温麵」の由来・発祥地を訪ねるinつりがね庵

旅先で出会う味には、土地の記憶が宿っている。宮城県白石市──蔵王連峰の麓に広がるこの城下町には、「白石温麺(しろいしうーめん)」という不思議な名前の郷土料理がある。素麺のようでいて、素麺とは違う。短くて、油を使わず、胃にやさしい──そんな麺が、400年以上もこの町で食べ継がれてきたという。

私はその「温麺」の物語に惹かれて、白石市を訪れた。目的地は、白石温麺専門店「つりがね庵(旧光庵)」。片倉小十郎の家紋「つりがね」を冠したこの店は、温麺の名付け親ともされる片倉家にゆかりがあるという。白石城からほど近い町並みを歩きながら、私は「胃にやさしい麺」が生まれた背景を探ってみたくなった。

白石は、かつて水車が百基以上も稼働していた製粉の町。蔵王の伏流水と乾燥した気候が、麺づくりに適していたという。だが、温麺が生まれた理由は、もっと人間的で、もっと切実なものだった──病に伏した父を思う息子の、やさしい願いから始まったのだ。

参考

しろいし観光ナビ

文化庁「pdf_1961.pdf

宮城旬鮮探訪「宮城県民に愛される「白石温麺(しろいしうーめん)」の魅力と食べ方|特集|【公式】食材王国・宮城県の県産品サイト「宮城旬鮮探訪」

農林水産省「白石温麺(しろいしうーめん)|にっぽん伝統食図鑑:農林水産省

白石温麺とは

白石温麺(しろいしうーめん)は、宮城県白石市で400年以上にわたり食べ継がれてきた郷土の乾麺である。見た目は素麺に似ているが、最大の特徴は「油を使わない」こと。通常の手延べ素麺は、麺同士がくっつかないよう油を塗って伸ばすが、温麺はその工程を省き、小麦粉・塩・水のみで作られる。だからこそ、胃にやさしく、消化にも良いとされ、病人食や高齢者の食事としても重宝されてきた。

麺の長さは約9cmと短く、つゆが跳ねにくく、箸で扱いやすい。温かい汁で食べるのはもちろん、冷やしても美味しく、白石ではくるみだれやごまだれなど、地域独自の食べ方も根づいている。乾麺であるため保存性も高く、贈答品や仏事の引き物としても親しまれてきた。

白石市では毎月7日を「白石温麺の日」と定め、地域ぐるみでその魅力を発信している。温麺は、白石の風土と人々のやさしさが形になった、素朴で奥深い食文化の象徴である。

白石温麺の語源と由来

白石温麺の誕生は、江戸時代初期にさかのぼる。白石城下に住んでいた鈴木浅右衛門(のちに味右衛門を襲名)は、胃を病んで食事ができなかった父・久左衛門のために、消化の良い食べ物を探していた。ある日、旅の僧から「油を使わずに麺を作る方法」を授かり、浅右衛門は試行錯誤の末にその麺を完成させる。温めて父に差し出すと、食欲が戻り、病状も快方に向かったという。

この話を聞いた白石城主・片倉小十郎は、浅右衛門の父を思う心に感銘を受け、「人を思いやる温かい心を持つ麺」として「温麺」と名付けた。浅右衛門はその功績により「味右衛門」と名乗ることを許された。

「温麺」という名には、単なる調理法ではなく、人を思いやる心が込められている。病人のために作られた麺が、町の名物となり、文化として根づいていった──それは、白石という町の人情と風土が生んだ奇跡のような食べ物である。

白石温麺を食べに「つりがね庵」へ

白石城から歩いて10分ほどの場所にある「つりがね庵(旧光庵)」は、白石温麺専門店として知られる。店名の「つりがね」は、白石城主・片倉家の家紋に由来し、温麺の名付け親である片倉小十郎への敬意が込められている。店構えは町家風で、白石和紙を使った暖簾が揺れていた。

店内に入ると、木の温もりと静かな空気が広がっていた。私は「温麺御膳」を注文。つるりとした麺に、くるみだれとごまだれが添えられ、季節の小鉢と漬物が並ぶ。まずは温かい汁でいただく。短い麺は箸で扱いやすく、つゆをよく絡めてくれる。口に含むと、小麦の香りがふわりと広がり、油を使っていない分、後味がすっきりしている。

くるみだれは濃厚で、麺の素朴さを引き立てる。ごまだれは香ばしく、白石の風土を感じる味だった。添えられた小鉢には、地元野菜の煮物や、白石産の豆腐が使われており、地元の素材へのこだわりが感じられた。

店主に話を聞くと、「温麺は、やさしい味だからこそ、素材と気候が大事なんです」と語ってくれた。蔵王の伏流水と白石の乾いた風──それが、温麺の味を決めるのだという。製法は手延べで、油を使わない分、職人の技術がものを言う。つりがね庵では、地元の製麺所から仕入れた温麺を、丁寧に茹でて提供している。

食後には、白石和紙のコースターと温麺の由来が書かれた小冊子をいただいた。そこには「人を思う心が、文化になる」という言葉が記されていた。私はその言葉を胸に、店を後にした。

まとめ

白石温麺は、単なる郷土料理ではない。病に伏した父を思う息子の心から生まれ、城主の感銘によって名付けられ、400年もの間、町の人々に食べ継がれてきた──それは、やさしさが文化になった証だ。

油を使わず、短くて食べやすく、胃にやさしい──その特徴は、単なる調理技術ではなく、人を思いやる心のかたちである。白石の水と風と粉が、その心を支えてきた。製粉の町としての歴史、蔵王の伏流水、乾燥した気候──それらが温麺の味を形づくっている。

「つりがね庵」で食べた温麺は、まさにそのやさしさを味わう時間だった。麺の短さ、つゆの香り、くるみだれの濃厚さ──すべてが、白石という町の記憶を語っていた。店主の言葉、和紙の冊子、そして片倉家の家紋──それらが、温麺の物語を静かに語りかけてくる。

白石温麺は、胃にやさしいだけでなく、心にもやさしい。それは、食べる人を思う気持ちが、町の文化として根づいた証。白石という町は、やさしさを味に変えることができる──そんな場所だった。

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