【宮城県登米市】美味すぎて伊達家から禁止された郷土料理「はっと汁」という精進料理を訪ねるin味処あらい・中田町


はっと汁に宿る、登米の暮らしと語り──味処あらいで味わう郷土の記憶

私は、地域文化ライターとして、日本各地に息づく伝承や風習、地名に込められた記憶を掘り起こし、現代の言葉で伝える仕事をしている。なぜそれを続けているのか──それは、日本文化の魅力が、表舞台だけでなく、土地に根ざした語りや暮らしの中にこそ宿っていると信じているからだ。歴史の陰にある声、忘れられかけた風景、そして食卓に残る祈りのかたち──それらを拾い上げ、読者と共有することが、私にとっての文化の継承である。

今回訪れたのは、宮城県登米市。目的は、地元で親しまれている郷土料理「はっと汁」を味わい、その背景にある文化的文脈を探ることだった。登米市中田町にある「味処あらい」は、登米で唯一の“はっと料理専門店”。地元の人々にとっては日常の味でありながら、外から訪れる者にとっては、地域の記憶をすくい上げる一椀でもある。


はっと汁とは──小麦と出汁が織りなす、登米の家庭の味

はっと汁は、小麦粉を練って薄く延ばした生地を茹で、出汁に入れて煮込んだ料理。具材には季節の野菜やきのこが使われ、醤油ベースのつゆに仕上げるのが一般的だ。耳たぶほどの柔らかさに練り上げた生地は、もちもちとした食感で、のど越しもよく、身体の芯から温まる。

登米市では、はっと汁は家庭料理として根づいており、冠婚葬祭や地域の集まりでも振る舞われることがある。甘味としての「あずきはっと」や、焼きはっと、ナポリタン風などのアレンジも存在し、地元の人々の創意工夫が息づいている。

参考

「はっと」とは - 宮城県公式ウェブサイト

農林水産省「はっと汁 宮城県 | うちの郷土料理


はっと汁の語源・由来──「ご法度」から「はっと」へ

はっと汁の語源には、ユニークな説がある。藩政時代、登米は米どころでありながら、農民が自分たちの口にする米は年貢として徴収され、常に不足していた。そこで、米の代用として小麦を育て、はっと汁を日々の食卓に活かしたという。

ところが、そのおいしさに気づいた役人が「こんなうまいものを食べていては、米づくりを怠る」として、はっと汁を“ご法度”とした──という伝承が残っている。つまり「はっと」という名前は、「ご法度」から転じたものだというのだ。真偽はともかく、食文化にまつわる語りとして、地域の人々がこの説を面白がり、語り継いできたこと自体が文化の力だと感じる。


はっと汁のレシピ──登米の台所から

基本のはっと汁は、小麦粉に水を加えてよく練り、熟成させた生地を薄く延ばして茹でる。出汁は昆布や鰹節でひき、醤油で味を調える。具材には大根、人参、ごぼう、里芋、椎茸などの根菜類が使われることが多く、季節によって変化する。最後に茹でたはっとを加え、全体を温めて完成。家庭ごとに味の違いがあり、祖母から母へ、母から子へと受け継がれてきた料理でもある。


味処あらいでの実食──懐かしさと滋味が染み渡る

登米市中田町にある「味処あらい」は、地元出身の店主夫妻が営む、はっと料理専門店。のれんをくぐると、木の温もりを感じる店内に、地元の方々の笑い声が響いていた。昼時を少し過ぎていたが、常連らしき年配のご夫婦が「今日はあずきはっとにしようか」と話しているのが耳に入る。はっと汁が、日常の選択肢として根づいていることが伝わってくる。

私は定番の「醤油はっと」と「あずきはっと」がセットになった「はっとセット」を注文した。待つ間、壁に貼られた手書きのメニューや、地元の新聞記事の切り抜きを眺めていると、店主の荒井さんが「初めてですか?」と声をかけてくれた。「登米のはっとは、うちのばあちゃんの味をそのまま出してるんですよ」と笑うその表情に、料理への誇りと地域への愛着が滲んでいた。

運ばれてきたはっと汁は、見た目こそ素朴だが、湯気の立ち方がどこか品格を感じさせる。餡かけの中には、大根、人参、ごぼう、里芋、椎茸などの根菜がたっぷり。はっとは、もちもちとした食感で、つるりとした喉越しが心地よい。出汁は昆布と鰹節がベースで、醤油の香りが立ちすぎず、野菜の甘みを引き立てていた。ひと口ごとに、身体の奥がじんわりと温まっていく。

あずきはっとは、見た目はお汁粉に近いが、甘さは控えめ。自家製のつぶしあんがとろりと絡み、はっとの生地があんを吸って、もち菓子のような食感になる。甘味というより、食事の延長にある「締め」のような存在で、食後の余韻を静かに整えてくれる。

食べ終えたあと、荒井さんが「昔はね、農作業の合間にみんなで囲んで食べたんですよ」と教えてくれた。はっと汁は、登米の暮らしそのものなのだ。料理が語るのは味だけではない。そこには、土地の記憶と人の営みが折り重なっている。

この一椀を通して、私は登米という土地の声を聞いた気がした。はっと汁は、文化の器であり、語りの媒体でもある。味処あらいでの体験は、食べるという行為を超えて、地域文化との対話そのものだった。

所在地:〒987-0602 宮城県登米市中田町上沼籠壇80−2

電話番号:0220347079

味処あらい(登米市中田町)
食べログ店舗情報
登米市公式紹介ページ


登米市とは──米と語りのまち

登米市は、宮城県北部に位置する米どころ。藩政時代から農業が盛んで、伊達藩の支配下にありながら、独自の文化を育んできた。市内には武家屋敷や登米懐古館など、歴史的建造物が残り、明治期の洋風建築も点在する。また、登米市は「はっとン」という観光PRキャラクターを持ち、はっと汁を地域の誇りとして発信している。

登米の魅力は、語りの力にある。食文化にまつわる伝承を大切にし、それを観光や教育に活かす姿勢は、地域文化の継承において非常に意義深い。はっと汁は、その象徴とも言える存在だ。

まとめ

はっと汁は、登米の土と水と語りが育てた料理だ。小麦粉を練って出汁に落とすという素朴な調理法の中に、米の代用食としての歴史、藩政時代の暮らし、そして「ご法度」から転じた語源の物語が折り重なっている。味処あらいでいただいた一椀は、ただの郷土料理ではなかった。店主の記憶、地域の風景、そして食卓に宿る祈りのようなものが、湯気の向こうから静かに語りかけてきた。

登米市は、米どころでありながら、語りのまちでもある。はっと汁はその象徴だ。食べることで土地の記憶に触れ、語ることで文化が継承される。私は地域文化ライターとして、こうした「食の語り」にこそ、日本文化の奥深さが宿っていると感じている。はっと汁は、登米の暮らしと誇りをすくい上げる器であり、文化と人をつなぐ静かな架け橋だった。またいつか、あの湯気の中に戻りたくなる。

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