【宮城県仙台市】三瀧山不動院とは?仙台四郎を祀っているって本当?ご利益や読み方、歴史や宗派、アクセスや御朱印情報など解説!

仙台の街を歩いていると、商店の入口や飲食店のカウンターに、にこにこと笑う丸顔の男性の置物が飾られているのをよく見かける。腕を組み、どこかユーモラスで、見ているだけで気持ちがほぐれるような表情、それが福の神「仙台四郎」だ。仙台では“商売繁盛の福の神”として親しまれ、景気が悪くなると再び注目されるという、不思議な存在でもある。
私は地域文化を歩いて記録するライターとして、土地に根づく信仰や民俗を現地で確かめる旅を続けている。仙台四郎は、まさにその象徴のような存在だった。実在した明治の人物が、なぜここまで信仰されるようになったのか。なぜ仙台の街にこれほど深く浸透しているのか。その背景には、仙台という都市の歴史、商人文化、人々の祈りが複雑に絡み合っているように思えた。
仙台四郎を祀る寺として知られるのが、仙台市青葉区一番町の三瀧山不動院(みたきさんふどういん)。アーケード街の中にありながら、境内に一歩入ると空気が変わる。香の匂い、参拝者の静かな足音、仲見世に並ぶ縁起物。街の喧騒の中に、信仰の時間が確かに息づいている。
仙台四郎は、ただの“縁起物”ではない。 実在した人物が福の神として祀られ、今も多くの人が手を合わせる。 その背景を知りたくて、私は三瀧山不動院へ向かった。
三瀧山不動院とは?
三瀧山不動院は、仙台市青葉区一番町のアーケード街「サンモール一番町」に位置する寺院で、真言宗智山派に属する。不動明王を本尊とし、江戸時代から商人や町人の信仰を集めてきた。アーケードの中にあるため、初めて訪れる人は「こんな場所に寺が?」と驚くが、境内に入ると一気に静けさが広がり、街の喧騒が遠のく。
不動明王は、煩悩を断ち切り、人々を正しい道へ導く存在として信仰されてきた。商売繁盛・厄除け・家内安全など、幅広いご利益があるとされ、仙台の商人文化と深く結びついている。江戸時代の仙台は城下町として栄え、商人たちは日々の商売繁盛を願って不動院に参拝したという。
境内には仲見世があり、仙台四郎の置物や色紙、のれん、Tシャツなど、さまざまな縁起物が並ぶ。これらは単なる土産物ではなく、商売人が店に飾り、日々の繁盛を願うための“祈りの道具”だ。特に仙台四郎の置物は人気で、コロナ禍以降は再び需要が高まったという。

三瀧山不動院の歴史とは?
三瀧山不動院の沿革は、開山の時期や人物が明確ではない。しかし、寺に伝わる「開山什物帖」には興味深い縁起が記されている。
慶応元年(1865年)、開山住職とされる夕ケ尼律師が眼病平癒を祈り、三十七日の祈願を行っていた。満願の前日、供え物の水を汲みに出た際、偶然拾い上げたのが四寸ほどの不動尊像だったという。これを床の間に安置したところ、突然神がかりのような状態になり、口にした言葉が次々と的中したため、信徒たちは大いに驚き、尊信を深めた──と記録されている。
現在の本尊は、安政三年(1857年)に仙台の名仏師・中川兵衛(兵吉)が刻んだ木像である。中川兵衛は、十三代藩主・伊達慶邦公の命により農民像を刻んだことでも知られ、当時の仙台で高い評価を受けた仏師だった。
三瀧山不動院は、古くから加持祈祷の専門寺院として知られ、商売繁盛・家内安全・厄除けなどの祈願を行ってきた。現在地は旧新伝馬町にあたり、江戸時代から商人の往来が多かった地域だ。寺が“商売繁盛の祈願寺”として発展した背景には、この土地柄も大きく影響している。
不動明王は、大日如来の使いとして仏法を守護する存在であり、怒りの形相で煩悩を断ち切る。右手の剣は迷いを断ち、左手の索は迷える者を救い、背中の火焔は一切の煩悩を焼き尽くす慈悲を表す。 この強い守護力が、商売人や家族を守る存在として信仰されてきた理由だ。
三瀧山不動院は、都市の中心にありながら、 不動明王の霊験と民間信仰が重なる“仙台独自の信仰空間”として今も息づいている。

仙台四郎とはどんな人?
仙台四郎(せんだいしろう)は、明治時代に実在した人物だ。仙台市内の鉄砲師の家に生まれ、地区に火の見櫓があったことから「櫓下四郎(やぐらしたしろう)」とも呼ばれていたいう。ほとんど話すことができなかったため、当時は「四郎ばか」とからかわれることもあったという。しかし、彼には不思議な“力”があった。
「四郎が立ち寄る店は必ず繁盛する」 「四郎が抱いた子どもは丈夫に育つ」
こうした噂が広まり、四郎は次第に“福の神”として扱われるようになった。明治の仙台では、四郎の姿が新聞記事にたびたび登場し、街の名物として親しまれていたらしい。1885年の伊達政宗没後250年祭では、山車の先導役を務めたという記録も残っている。
四郎の信仰が広まった背景には、写真館が彼の写真を「福の神の絵葉書」として販売したことも大きいという。実在の人物が神格化されるのは珍しいが、仙台四郎は“街が生んだ福の神”として自然に受け入れられていった。
没年は1902年頃とされるが、後年まで生きていたという説もあり、真相は不明。河北新報には没後とされる年に「櫓下の四郎君が仙台に戻った」という記事も残っている。 “突然現れ、突然消える”──そんな民間信仰らしい曖昧さも、仙台四郎の魅力のひとつだ。
仙台四郎のご利益
仙台四郎のご利益として最も知られているのは、商売繁盛だ。四郎が立ち寄った店が繁盛したという逸話が多く残り、現在でも商店主や飲食店経営者が三瀧山不動院を訪れ、四郎像に手を合わせる姿が見られる。コロナ禍で客足が落ち込んだ時期には、再び四郎の信仰が強まったという。
しかし、仙台四郎のご利益は商売繁盛だけではない。
- 家内安全
- 子どもの健やかな成長
- 福を呼び込む運気上昇
四郎が抱いた子どもが丈夫に育ったという伝承から、子どもの成長を願う参拝者も多いらしい。四郎の柔らかい笑顔は、見る人の心を自然とほぐし、家族の幸せを願う象徴としても親しまれている。
また、仙台四郎は“自由に祀ることができる福の神”としても特徴的だ。 神棚に置く人もいれば、店の入口に飾る人、レジ横に置く人もいる。 この“ゆるやかな信仰の形が、現代の仙台においても受け入れられている理由なのかもしれない。
その柔らかい笑顔と、街に根づいた物語が、今も多くの人の心を支えている。
御朱印・お守り・授与品
三瀧山不動院では、不動明王の御朱印が授与されている。
授与所や参道には、仙台四郎の置物や色紙、のれん、Tシャツなど、さまざまな縁起物が並ぶ。特に人気なのは、土製の置物と額入りの色紙。店の入口に飾ると“福を呼び込む”と言われ、仙台市内の商店街では多くの店が四郎を祀っている。市の調査では、中心商店街の約14%が仙台四郎を祀っていたというから驚きだ。
お守りも種類が豊富で、商売繁盛のお守り、家内安全のお守り、子どもの成長を願うお守りなどが揃う。どれも四郎の柔らかい笑顔がデザインされており、手に取るだけで心がほぐれるような温かさがある。
また、境内には十二支の守り本尊を安置した部屋があり、自分の干支の守り本尊を受けることもできる。これは真言宗智山派の寺院らしい特徴で、参拝者が自分の生まれ年の仏と縁を結ぶ場として親しまれている。
三瀧山不動院の授与品は、単なるお土産ではなく、 仙台の街に息づく信仰と文化を手のひらに乗せるような存在だ。
アクセス
三瀧山不動院は、仙台駅から徒歩圏内というアクセスの良さが魅力だ。場所はサンモール一番町アーケード内。雨の日でも濡れずに参拝できるため、観光客にも地元の人にも訪れやすい。
徒歩の場合 仙台駅からアーケード街をまっすぐ歩き、クリスロードを抜けてサンモール一番町へ入ると、左手に三瀧山不動院の入口が現れる。アーケードの中に突然現れる寺院は、初めて見ると驚くほどの存在感だ。
地下鉄の場合 地下鉄東西線「青葉通一番町駅」から徒歩3分。出口を出てすぐアーケードに入り、まっすぐ進むだけで到着する。
バスの場合 仙台市営バス「電力ビル前」から徒歩5分。商店街を歩きながら向かうルートは、仙台らしい街の雰囲気を味わえる。
まとめ
仙台の街を歩いていると、商店の入口や飲食店のカウンターに、にこにこと笑う丸顔の男性──仙台四郎の姿をよく見かける。腕を組み、どこかユーモラスで、見ているだけで心がほぐれるような表情。その存在は、仙台という街が長い時間をかけて育んできた“祈りの文化”を象徴しているように思える。
その四郎を祀る三瀧山不動院は、アーケード街の真ん中にありながら、境内に一歩入ると空気が変わる。香の匂い、静かな足音、仲見世に並ぶ縁起物──街の喧騒の中に、確かに信仰の時間が流れている。真言宗智山派の寺院として不動明王を祀り、商売繁盛・家内安全・厄除けなどの祈願を行ってきた歴史は、仙台が城下町として栄えた時代から続いている。
さらに興味深いのは、この寺が“民間信仰としての仙台四郎”を自然に受け入れ、共存させてきたことだ。実在した明治の人物が、なぜ福の神として信仰されるようになったのか。その背景には、四郎が街の人々に愛され、商売人たちの願いを受け止める存在として育まれてきた歴史がある。新聞記事や絵葉書を通じて広まった四郎の物語は、やがて仙台の商店街文化そのものへと溶け込んでいった。
三瀧山不動院の境内には、不動明王の厳しさと仙台四郎の柔らかい笑顔が同居している。迷いを断ち切る力と、福を呼び込む優しさ。その二つが重なることで、この寺は“都市の祈りの場”として独自の魅力を放っている。
仙台四郎は、単なる縁起物ではない。 三瀧山不動院は、単なる寺院ではない。
投稿者プロ フィール

-
地域伝統文化ディレクター
宮城県出身。京都にて老舗和菓子屋に勤める傍ら、茶道・華道の家元や伝統工芸の職人に師事。
地域観光や伝統文化のPR業務に従事。
最新の投稿
- 2026年2月26日地域文化旅/訪問・体験記【宮城県仙台市】三瀧山不動院とは?仙台四郎を祀っているって本当?ご利益や読み方、歴史や宗派、アクセスや御朱印情報など解説!
- 2026年2月24日地域文化旅/訪問・体験記【宮城県大崎市】鳴子温泉郷の1つ川渡温泉の源泉かけ流し公衆浴場に日帰り行ってきた!入浴料や泉質、アクセスや駐車場情報、ネットの口コミやレビューを紹介!
- 2026年2月23日地域文化旅/訪問・体験記【宮城県大崎市】鳴子温泉の最古級の温泉「姥の湯」に行ってきた!泉質や日帰り入浴、義経や弁慶の伝説、鳴子の由来を紐解く、アクセスや駐車場も解説!」
- 2026年2月21日伝統工芸【宮城県大崎市鳴子温泉】岩下こけし資料館で鳴子こけし絵付け体験!料金や時間、落下した頭部をクラウドファンディングで修正して有名!アクセスや駐車場など紹介
