【宮城県蔵王町】遠刈田こけしの特徴や歴史、読み方や作り方をたずねるin惟喬神社・新地こけしの里・蔵王町遠刈田こけしまつり
秋の蔵王町は、空気が澄み、木々が色づき始める頃。私は遠刈田温泉へ向かっていた。目的は「こけし」──それも、遠刈田系と呼ばれる伝統こけしに会うためだ。こけしは宮城県だけでも大崎市の「鳴子こけし」、仙台市の「作並こけし」、白石市の「弥次郎こけし」などがある。こけしは、ただの郷土玩具ではない。工人の手仕事と土地の空気が宿る、文化のかたちだと私は思っている。
遠刈田こけしは、宮城県蔵王町遠刈田温泉で生まれた伝統こけしのひとつ。鳴子、弥治郎、作並、肘折と並び、宮城県内で五系統が国の伝統的工芸品に指定されている。その中でも遠刈田系は、頭が大きく、胴がすらりと細い造形が特徴で、描彩には放射状の手絡やろくろ模様、菊や梅などの花があしらわれる。
私が訪れたのは、2025年10月25日に開催された「第5回蔵王町遠刈田こけしまつり」。みやぎ蔵王こけし館を会場に、若手工人や招待工人による実演販売、こけし供養、鼓笛隊の演奏、絵付け作品の展示など、こけし尽くしの一日だった。
その前日、私は「新地こけしの里」にも足を運んだ。遠刈田こけし発祥の地とされる新地には、杉木立に囲まれた工人の家並みが残り、惟喬親王を祀る神社もある。茅葺屋根の工人宅でろくろ挽きの音を聞きながら、こけしが人のかたちを映すものだという言葉が胸に残った。
こけしは、土地の記憶と人の手がつくる“語りのかたち”だ。私はその声を聞きたくて、蔵王の秋に身を置いた。
参考
蔵王観光物産協会「こけし木地玩具 - 蔵王ございんねっと」
所在地:宮城県刈田郡蔵王町
遠刈田こけしとは?特徴や読み方、歴史を解説
遠刈田こけし──読み方は「とおがったこけし」。宮城県蔵王町遠刈田温泉で生まれた伝統こけしのひとつで、鳴子、弥治郎、作並、肘折と並び、宮城県内の五系統として国の伝統的工芸品に指定されている。
その特徴は、頭部が大きく、胴がすらりと細い「直胴型」。頭の形は「瓜実型」や「下張型」と呼ばれ、描彩には放射状の手絡(てがら)や振れ手絡、ろくろ模様、菊・梅・牡丹などの花があしらわれる。顔立ちは清楚で可憐。山村の空気をまとったような、素朴な美しさがある。
遠刈田こけしの起源は、江戸時代末期の文化・文政期(1804〜1830)に遡る。木地師と呼ばれる職人たちが、木工用のろくろを使って椀や盆を作る技術を応用し、土地の子どもたちのために玩具としてこけしを作り始めたのが始まりだとされる。
製法は、自然乾燥させたミズキやイタヤカエデを使い、縦ろくろで荒挽き・仕上げを行い、頭部と胴部を「さし込み」または「はめ込み」で組み立てる。描彩はすべて手描き。仕上げにはロウを使い、艶やかな表情を与える。
参考
遠刈田こけしの魅力
遠刈田こけしの魅力は、何よりもその“顔”にある。清楚で可憐、どこか懐かしく、見る人の心をそっと撫でるような表情。私はそれを「人のかたち」と呼びたい。
こけしは、型があるようでいて、ひとつとして同じものはない。工人の手の癖、筆の運び、木の目──すべてが微妙に異なり、それぞれのこけしに“個性”が宿る。遠刈田系は、頭が大きく、胴がすらりとした直胴型。描彩には放射状の手絡やろくろ模様、菊や梅などの花があしらわれ、どこか凛とした佇まいがある。
私はある工人のこけしに惹かれた。顔立ちはやや伏し目がちで、口元にかすかな笑みをたたえていた。どこかで会ったことがあるような、でも思い出せない──そんな不思議な感覚。工人に尋ねると、「これは、うちの祖母を思い出しながら描いたんです」と教えてくれた。
こけしは、工人の記憶と感情が映し出された“肖像”なのかもしれない。だからこそ、見る人の心にも何かが響く。懐かしさ、やさしさ、あるいは寂しさ。こけしは、無言のまま、私たちの心に語りかけてくる。
そしてもうひとつの魅力は、手にしたときの“重み”だ。木の温もり、ロウの艶、手描きの筆致──それらが手のひらに伝わってくる。量産品にはない、確かな存在感。こけしは、飾るものではなく、暮らしの中に置いておきたくなる存在だ。
遠刈田こけしの魅力は、素朴な造形に宿る“人のかたち”。それは、工人の手を通じて、今も静かに息づいている。
遠刈田こけし工人とは|なぜ“職人”ではなく“工人”なのか
遠刈田こけしを作る人々は「職人」ではなく「工人(こうじん)」と呼ばれる。私はこの言葉の違いに、こけし文化の根幹があるように感じている。
「職人」が技術を極める個人を指すのに対し、「工人」は共同体の中で技術を継承し、生活と文化を支える存在だ。こけし工人は、木地師の流れを汲む人々であり、地域の中で暮らしながら、木の選定・伐採・加工・ろくろ挽きや描彩をすべて行う。分業制ではないのだ。
遠刈田こけし工人は、代々の家業として技術を受け継ぎ、家族や弟子とともに工房を営んでいる。その姿は、単なる技術者ではなく、地域文化の担い手そのものだ。工人という言葉には、そうした“暮らしの中の技術者”という意味が込められているように思う。
こけしは、工人の手仕事と土地の空気が宿る造形だ。描かれる顔や模様には、工人の心と季節の気配が映る。私は工人の手元を見ながら、こけしが“人を描くもの”だという言葉の意味を、少しだけ理解できた気がした。
遠刈田温泉にある「新地こけしの里」を訪ねる
遠刈田温泉から少し離れた「新地こけしの里」は、遠刈田こけし発祥の地とされる場所だ。杉木立に囲まれた集落には、茅葺屋根の工人宅が点在し、惟喬親王を祀る惟喬神社が静かに佇んでいる。私はその空気に惹かれて、祭りの前日に足を運んだ。
集落の中には、今もこけし工人が暮らしている家が点在しており、ろくろ挽きの見学や絵付け体験を受け入れているところもある(事前連絡が必要)。私は運良く、ある工人宅でろくろの音を聞かせてもらうことができた。木が削られる音は、まるで呼吸のように静かで、工人の手の動きと一体になっていた。
工人は言った。「こけしは人を描くものです」。その言葉が、私の中に深く残った。顔の表情、胴の模様──それらは単なる装飾ではなく、工人の心と土地の記憶が映されたものなのだ。
参考
所在地:〒989-0916 宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉新地
惟喬神社
惟喬神社の境内には、惟喬親王を祀る祠があり、こけしの原点に触れるような感覚があった。惟喬親王は、木地師の祖とされる人物であり、こけし工人の源流にあたる存在だ。こけし工人は、元々は木地師──椀や盆などの器を作る職人たちだった。
私は以前、滋賀県東近江市蛭谷(ひるたに)にある木地屋民芸品展示資料館を訪れたことがある。そこは木地師の発祥地とされる場所で、館内には鳴子こけしや遠刈田こけしが展示されていた。その時、ある木地師のご自宅に伺い、こけしが木地師の技術から生まれたことを実感した。
木地師は、山間部に暮らし、ろくろを使って木を削る技術を代々受け継いできた。その技術が、土地の子どもたちのために玩具を作るという形でこけしへと変化した。つまり、こけし工人は木地師の末裔であり、惟喬親王の技術と精神を今に伝える人々なのだ。
新地の杉木立に囲まれた工人の家並みを歩きながら、私は蛭谷で見た風景を思い出していた。こけしは、技術だけでなく、信仰と暮らしの中から生まれた文化だ。惟喬親王を祀る神社がこの地にあることは、こけしが“祈りのかたち”でもあることを教えてくれる。
遠刈田こけしは、木地師の技術と惟喬親王の精神が重なり合って生まれた“語りの造形”なのだ。
惟喬 神社 蔵王町遠刈田温泉
所在地:〒989-0916 宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉新地
蔵王町遠刈田こけしまつりをたずねる
2025年10月25日、私は「第5回蔵王町遠刈田こけしまつり」に参加した。こけし祭りといえば鳴子温泉の全国こけし祭りが有名だが、蔵王でも行われているとは。会場は、遠刈田温泉にある「みやぎ蔵王こけし館」。朝9時、すでに多くの人が集まり、工人たちの実演販売が始まっていた。
遠刈田系の若手工人がろくろを回し、招待工人たちが各地のこけしを並べる。木地山系、弥治郎系、土湯系、中ノ沢系──それぞれの系統が持つ顔立ちや模様の違いに、こけしの奥深さを感じた。
印象的だったのは、小学生による絵付け作品の発表「こけりんピック2025」。子どもたちが描いたこけしには、自由な発想と土地の空気が宿っていて、見ているだけで心が温かくなった。
昼には、遠刈田小学校の鼓笛隊が行進し、もちつき大会が始まった。こけし供養の祈祷も行われ、役目を終えたこけしたちが焚き上げられる様子に、工人たちの敬意と感謝が込められていた。
物販ブースでは、tsuN’agaruや遠刈田工人の商品が並び、購入方法についての案内も丁寧だった。私は、ある工人のこけしを手に取り、その顔立ちに惹かれて購入した。描かれた微笑に、工人の心が宿っているように感じた。
こけしまつりは、こけしと人が集う“語りの場”だった。遠刈田の秋の空気の中で、こけしが人と人をつなぐ力を持っていることを、私は実感した。
参考
みやぎ蔵王こけし館「第5回 蔵王町遠刈田こけしまつり」を開催します。(購入方法等)
通販と販売店情報
遠刈田こけしに出会ったあと、やはり「家に連れて帰りたい」と思う人は多いだろう。私もそのひとりだった。こけしは、ただの土産物ではない。工人の手仕事と土地の空気が宿る“語りの造形”だ。だからこそ、購入の仕方にも少しだけ心を配りたい。
まず、もっとも確実なのは「みやぎ蔵王こけし館」での購入だ。常設展示のほか、遠刈田系を中心に各系統のこけしが販売されており、工人名が明記されているものも多い。館内スタッフに尋ねれば、工人ごとの特徴や描彩の違いも丁寧に教えてくれる。
蔵王町伝統産業会館〔みやぎ蔵王こけし館〕
所在地:〒989-0916 宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉新地西裏山36番地 135
電話番号:0224342385
また、こけしまつりの時期には、招待工人や若手工人による実演販売が行われ、直接購入できる機会もある。2025年のまつりでは、木地山系の三春文雄工人、蔵王高湯系の田中惠治工人、弥治郎系の富塚由香工人、土湯系の阿部国敏工人、中ノ沢系の野矢里志工人らが参加していた。
通販での購入も可能だ。みやぎ蔵王こけし館の公式サイトでは、一部の遠刈田工人の作品がオンラインで販売されている。人気工人の作品はすぐに売り切れることもあるため、事前に販売開始日をチェックしておくとよい。
みやぎ蔵王こけし館公式オンラインショップ【こけし通販サイト】
さらに、こけし工人の工房を訪ねて直接購入することもできるが、これは事前連絡が必須だ。新地こけしの里などでは、ろくろ挽きの見学や絵付け体験を受け入れている工人宅もある。
こけしを買うということは、誰かの手仕事と暮らしを迎え入れること。だからこそ、どこで、誰から買うか──その選択もまた、旅の一部なのだ。
まとめ
遠刈田こけしを訪ねた旅は、私にとって“人のかたち”を探す旅だったのかもしれない。こけしは、単なる郷土玩具ではない。工人の手仕事と土地の空気が宿る、文化のかたちであり、記憶の器だ。
新地こけしの里では、惟喬親王を祀る神社と杉木立の中に佇む工人の家並みに出会った。ろくろの音、木の香り、工人の言葉──「こけしは人を描くものです」。その言葉が、旅のすべてを貫いていた。
こけしまつりでは、子どもたちの絵付け作品に心を打たれた。こけしは、世代を超えて受け継がれる文化だ。描かれる顔や模様には、工人の記憶と祈りが宿り、見る人の心に静かに語りかけてくる。
通販や販売店で手に入れることもできるが、やはり現地で出会うこけしには、特別な空気がある。誰が作ったのか、どんな思いで描かれたのか──その背景を知ることで、こけしは単なる“物”ではなく、“誰か”になる。
遠刈田こけしは、宮城の秋の空気とともに、私の記憶に深く刻まれた。こけしと暮らすということは、誰かの手仕事とともに暮らすこと。静かに、やさしく、日々の中に寄り添ってくれる存在だ。
この旅を通じて、私はあらためて思った。こけしは、語りかけてくる。土地のこと、人のこと、そして私自身のことを。そんな声に耳を澄ませたくて、私はまた、こけしの里を訪ねたくなるのだ。
