【宮城県大崎市】郷土料理「ばっけ味噌」を訪ねてin鳴子温泉郷鬼首(おにこうべ)
宮城県大崎市鳴子温泉郷の最奥に位置する「鬼首(おにこうべ)」は、標高約500メートルの高原地帯。冬は豪雪に閉ざされ、春には山菜が芽吹き、夏は涼風が吹き抜け、秋には紅葉が山を染める──四季の移ろいが濃密に感じられる土地だ。地熱地帯として知られ、温泉が湧き出す「地獄谷」では、蒸気が地面から噴き出し、まるで大地が呼吸しているかのような光景が広がる。
この地には、古代蝦夷の伝説も残る。坂上田村麻呂が征討の途上でこの地に立ち寄ったという伝承や、鬼神を祀る神社、地名に刻まれた物語が、今も静かに息づいている。鬼首という名も、かつて討ち取られた鬼の首を埋めたという言い伝えに由来するとされ、土地の記憶が地形や風景に溶け込んでいる。
そんな鬼首の入り口に佇むのが「大久商店」。ばっけ味噌や山菜、ジビエなど、自然と共生する暮らしの味が並ぶこの店は、鬼首の風土をそのまま食卓に届けてくれる場所だ。今回はそのばっけ味噌を手に取り、鬼首の味と記憶を辿る旅に出た。
KHB東日本放送「4月14日(水曜日) 手しごと手帖 ~東北の春の味「ばっけみそ」」
大久商店とは──山の恵みと人の知恵が交差する場所
鳴子温泉郷から車で山道を登り、鬼首の入り口に差し掛かると、ひっそりと佇む「大久商店 山の幸直売店」が見えてくる。木造の素朴な建物の中には、鬼首の自然と人の営みが凝縮された品々が並ぶ。ばっけ味噌、山菜の漬物、乾燥きのこ、川魚の甘露煮──どれも、誰かが山に入り、手をかけて作ったものばかりだ。
とりわけ目を引くのが、ジビエのコーナー。熊肉、鹿肉、猪肉など、マタギが山で仕留めた獣の肉が、燻製や冷凍パックとして販売されている。熊肉は、鬼首の名物のひとつ。冬の山を知り尽くしたマタギが、自然の摂理に従いながら命をいただく。その肉は、脂が甘く、煮込みにすると滋味深い味わいが広がる。都会ではまず出会えない、山の命の記憶がそこにはある。
店内には食堂も併設されており、猪汁定食やきのこ汁など、地元の味をその場で味わうこともできる。観光地の土産物店とは一線を画し、ここには「暮らしの延長線上の味」がある。
ここで宮城の郷土料理であるばっけ味噌を購入した。
参考
大崎市「至鬼首 - 大久商店」
所在地: 〒989-6941 宮城県大崎市鳴子温泉鬼首轟18−1
電話番号: 0229-86-2539
ばっけ味噌とは──春のほろ苦さに宿る東北の知恵
「ばっけ味噌」は、東北地方に春の訪れを告げる山菜・ふきのとう(方言で「ばっけ」)を使った郷土の調味味噌である。雪深い地域では、ふきのとうが地面から顔を出す瞬間が「春の第一声」とされ、その芽吹きの力強さとほろ苦さを味わうことが、季節の節目を感じる風習となってきた。
ばっけ味噌の起源は定かではないが、江戸期にはすでに山菜を味噌と合わせて保存食にする知恵が各地に広まっていた。ばっけの苦味は、冬の厳しさを越えた土地の記憶そのものであり、それを味噌の旨味と甘みで包み込むことで、食べやすく、しかも滋養に富んだ一品となる。
香りは独特で、青々しくも土の匂いを含み、炒めることで立ち上る芳香は、まるで山の空気をそのまま閉じ込めたよう。味は、最初に味噌のコクと甘みが広がり、後からふきのとうの苦味がじんわりと追いかけてくる。ご飯に乗せるだけでなく、焼きおにぎり、野菜スティック、豆腐、田楽などにも合い、春の味覚として家庭の食卓に欠かせない存在となっている。
農林水産省「ばっけ味噌 宮城県 | うちの郷土料理:農林水産省」
ばっけ味噌を味わう
ばっけ味噌は、春の山菜の代表格・ふきのとうを使った郷土の味。鬼首のばっけは、雪解けの湿った土から顔を出す瞬間が最も美しい。その若芽を刻み、油で炒め、味噌と砂糖、みりんなどで調味する。大久商店のばっけ味噌は、ふきのとうの苦味がしっかりと残りつつ、味噌のコクと甘みが絶妙に絡み合っている。
私はまず、炊きたての白米に乗せて食べてみた。口に入れた瞬間、ふきのとう特有の青くてほろ苦い香りが広がり、味噌の旨味がそれを包み込む。次に、焼きおにぎりに塗って炙ってみると、香ばしさが倍増し、苦味がまろやかに変化した。さらに、冷やしたきゅうりに添えてみると、ばっけ味噌の濃厚さが野菜の瑞々しさと対照的で、箸が止まらなかった。
この味は、単なる調味料ではない。春の訪れを告げる山菜の命を、保存食として昇華させた知恵の結晶だ。ばっけ味噌を食べることは、鬼首の春を味わうことでもあり、山の暮らしに触れることでもある。
まとめ
鬼首を訪れて感じたのは、自然と人が互いに寄り添いながら生きてきた土地の記憶だった。地熱が立ち上る地獄谷の風景、雪に閉ざされる冬、春に芽吹くばっけの香り──そのすべてが、鬼首という場所の輪郭を形づくっている。大久商店で手に取ったばっけ味噌は、ただの調味料ではなかった。それは、山の恵みを受け入れ、苦味を旨味に変える知恵の結晶であり、季節とともに生きる人々の暮らしそのものだった。
熊肉や山菜、きのこ、川魚──棚に並ぶ品々は、鬼首の自然と共生する営みの証であり、マタギの文化や山岳信仰の名残が静かに息づいていた。ばっけ味噌を口にした瞬間、私はこの土地の春を味わい、風土に触れた気がした。鬼首は、語られすぎないからこそ深い。その奥行きに触れた旅は、味覚を通じて土地の声を聞く体験だった。また季節を変えて訪れたい──そう思わせる、静かで力強い場所だった。