【宮城県石巻市】日本一の「金華鯖(きんかさば)」発祥地を訪ねるin友福丸・牡鹿半島・金華山
私は地域文化の記事を書き続けている。きっかけは、誰にも知られていないような祭りや風習、食に触れたときの驚きだった。そこには、土地の記憶と人々の祈りが静かに息づいていた。なぜこの味がこの場所にあるのか。なぜこの地名がこの風景に結びついているのか。その問いを胸に、私は現地を歩き、見て、聞いて、味わいながら記録してきた。
今回訪れたのは、宮城県石巻市。三陸の南端に位置し、牡鹿半島を抱えるこの港町は、震災の記憶とともに、海とともに生きる文化が今も息づいている。目的は、石巻を代表するブランド魚「金華鯖(きんかさば)」を発祥地である石巻市で味わうこと。そして、その名の由来となった金華山を遠望することだった。
石巻市中央にある「友福丸」で金華鯖塩焼き定食をいただき、牡鹿半島を南下して御番所公園から金華山沖を望む──その一連の体験は、単なる観光ではなく、海と人の関係性を肌で感じる旅だった。食と風景と信仰が静かに結びついているこの土地には、記録すべき文化の奥行きがある。
まずは、石巻の海の恵みを味わうために、地元の食事処「友福丸」へ向かった。
参考
発祥地・石巻市で金華鯖塩焼き定食を食べる
石巻市中央1丁目、北上川の河畔にある「友福丸」は、昭和59年創業の老舗食事処だ。かつては川沿いの旅館として始まり、島料理を中心に地元の魚を提供してきたが、2011年の東日本大震災で津波の直撃を受け、店舗は流出。キッチンカーでの営業を経て、2018年に現在の場所に新築移転し、復活を遂げたという。
店内は木の温もりがあり、窓からは北上川が見える。海の潮風の香りと、大河と太平洋を見渡しながらの食事はどこか異国情緒があり、胃袋が刺激された。私は迷わず「金華鯖塩焼き定食」を注文した。金華鯖は、石巻港から金華山沖にかけての海域で獲れる真鯖のうち、脂質含有量が高く、鮮度管理されたものだけが名乗れるブランド魚だ。潮の流れが速く、餌が豊富なこの海域で育った鯖は、身が締まり、脂が乗る。
焼き上がった鯖は、皮がパリッと香ばしく、箸を入れるとふっくらとした白身が現れた。ひと口食べると、脂がじゅわりと広がり、塩の加減が絶妙で、鯖の旨味を引き立てていた。感想を一言いうとしたら「上手すぎる、、」だった。付け合わせの小鉢や味噌汁も地元の食材が使われており、海の町の食卓をそのまま味わっているようだった。
この一皿に込められた海の力を感じながら、私は次に、金華鯖が育つ海を遠望するため、牡鹿半島へと車を走らせた。
友福丸
所在地:〒986-0822 宮城県石巻市中央1丁目15−8
電話番号:0225222851
牡鹿半島へドライブ
友福丸で金華鯖を味わった後、私は牡鹿半島を南へと車を走らせた。北上川の河口を背に、海岸線に沿ってくねる道を進む。右手には太平洋の青が広がり、左手には山の緑が迫ってくる。途中、漁村や小さな港が点在し、干された網や漁船が静かに佇んでいた。
「牡鹿」という地名は、古くからこの半島に野生の鹿が多く生息していたことに由来する。実際、今も道路脇に鹿の群れを見かけることがある。だがこの地名には、単なる動物の名以上の神秘性があるように感じる。海と山が複雑に入り組み、霧が立ち込める朝には、まるで神話の舞台のような気配が漂う。
半島を進むにつれ、風が強くなり、波の音が車窓越しに聞こえてくる。途中、サーフボードを抱えた若者たちが海へ向かっていた。その姿を見て、地元の友人の話を思い出した。彼は石巻市内や牡鹿半島の海岸から海に出て、よくサーフィンをしているという。この荒々しい波に向かっていく姿に、自然と向き合う人間の強さと美しさを感じた。これが海の町の景色だ。
そしてこの半島の先に、私がどうしても見たかった風景がある──それが金華山だった。
〒986-2402 宮城県石巻市谷川浜風越山
金華山と御番所公園
御番所公園に到着し、展望台へと階段を上ると、視界が一気に開けた。目の前には金華山が海に浮かぶように佇み、その背後には金華山沖の潮流が白く泡立っていた。海岸線からは少し距離があるが、白浪が立っているのがはっきりと見える。荒い波なのだろう。ここまで来る途中にも、サーフボードを抱えた若者たちが海に向かっていた。その姿を見て、地元の友人の話を思い出した。彼は石巻市内や牡鹿半島のビーチから海に出て、よくサーフィンをしているという。よくこの波で泳げるなと、心から感心した。
金華山は、古代から続く地名であり、実際に金が採れたわけではないが、「金華」の名には、黄金のような価値を持つ場所という意味が込められている。歌枕としても知られ、『歌林良材集』には大伴家持が「すめらぎの御代栄えむとあづまなるみちのく山に金花咲く」と詠んでいる。都の人々が訪れたことはなくとも、想いを募らせた土地──それが金華山だった。
島には黄金山神社が鎮座し、「三年続けて参詣すれば一生に一度の願いが叶う」と言われる霊山でもある。海上安全や金運の祈願所として信仰を集めてきたこの島は、今も静かに海を見守っている。
この雅な地名が冠された金華鯖──その味と響きの背景には、海と祈りが交差する石巻の文化がある。次は、この海域が育む魚の力について、もう少し深く考えてみたくなった。
御番所公園 展望台
〒986-2523 宮城県石巻市鮎川浜
世界三大漁場「三陸沖」
金華山沖を望みながら、私はこの海が育む魚の力について考えていた。三陸沖は、世界三大漁場のひとつに数えられる海域だ。寒流の親潮と暖流の黒潮が交差することで、海水に栄養分が豊富に含まれ、プランクトンが大量に発生する。これが魚の餌となり、海の生態系を豊かにしている。
この海域では、鯖だけでなく、秋刀魚、鰹、銀鮭、ホヤ、牡蠣、アワビなど、四季折々の海の幸が水揚げされる。石巻港はその中心地であり、友福丸のような食事処では、これらの旬の魚を余すことなく味わうことができる。金華鯖は、その中でも特に脂の乗りが良く、身が締まった高品質な鯖として知られている。
三陸沖の海の力は、単なる漁場としての価値だけでなく、文化的・精神的な豊かさをも育んでいる。海に生きる人々の知恵、祈り、技術が、この海の恵みを最大限に活かしてきた。金華鯖という名は、地名の雅さと海の力が融合した、石巻の誇りそのものだ。
この海が育てた魚を味わい、風景を眺め、文化を知る──それは、海と人との関係性を深く感じる旅だった。
まとめ
石巻で出会った金華鯖は、ただの美味しい魚ではなかった。それは、海と人の関係性が生んだ文化の結晶だった。友福丸で味わった塩焼き定食は、漁師の知恵と職人の技が詰まった一皿であり、牡鹿半島の風景は、海と山が交差する暮らしの舞台だった。
御番所公園から望む金華山は、霊性と自然が重なる場所であり、金華鯖という名が、単なる地理的表示ではなく、祈りと命の象徴であることを教えてくれた。古代から続く雅な地名に、都人が想いを馳せたように、現代の私たちもこの海に心を寄せることができる。
そして三陸沖──世界三大漁場のひとつとして知られるこの海は、魚の命を育むだけでなく、地域文化そのものを育ててきた。石巻の海には、食と信仰と風景が静かに結びついている。金華鯖は、その象徴であり、石巻の海と人が育んだ、暮らしの記憶そのものなのだ。
私はこの旅を通じて、地域文化の奥深さと美しさを改めて感じていた。海を見つめ、魚を味わい、地名の由来に触れる──それは、土地と人の記憶を辿る静かな巡礼だった。