【宮城県名取市】日本一の「せり」の由来や歴史を訪ねるin水神蕎麦のせり鍋
「せり」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。春の七草?お浸し?それとも、鍋の具材?──私にとってのせりは、名取市の冬の風物詩であり、土地の記憶を宿す野菜だ。
宮城県名取市は、全国でも有数のせりの産地。特に「仙台せり」は、県内生産の約8割が名取市で育てられており、令和6年には農林水産省の地理的表示(GI)保護制度にも登録された。その品質と香りの高さは、県内外の料理人からも高く評価されている。
名取のせりの魅力は、根まで食べられること。シャキシャキとした茎、香り高い葉、そして旨味が詰まった白い根──それぞれに異なる食感と味わいがあり、鍋にするとその個性が際立つ。特に「せり鍋」は、名取の冬の定番料理として地元で親しまれている。名取市ではセリーナちゃんという市のPRキャラクターまで登場している。
名取と言えば閖上港の収穫高日本一の赤貝や笹かまぼこの発祥地だったりと海鮮の町というイメージだったが、セリまであるのかと強い興味をもった。私はその味を確かめるため、名取市高舘地区にある「高舘食堂 水神蕎麦」を訪れた。地元産のせりをふんだんに使った鍋を味わいながら、名取の風土と食文化に触れる旅が始まった。
参考
名取市観光協会「名取のせり鍋特集 宮城仙台のご当地グルメ」
農林水産省「第149号:仙台せり」
せりとは──春の七草にして、冬の主役
せりはセリ科の多年草で、古くから日本人の食卓に親しまれてきた野菜だ。春の七草のひとつとして知られ、1月7日の「七草粥」に欠かせない存在でもある。語源は「競り合うように生える」ことから「せり」と呼ばれるようになったとされ、生命力の強さを象徴する野菜でもある。
名取市のせり栽培の歴史は古く、元和年間(1620年)には野生のせりを栽培していたという文献が残っている。安永年間(1770年)には栽培が広まり、名取の特産品として定着した。現在では「仙台せり」としてブランド化され、全国に出荷されている。
せりは、葉・茎・根の三部位すべてが食べられる珍しい野菜。特に名取産のせりは、根が太く、茎がしっかりしていて、香りが強いのが特徴だ。9月〜3月に出荷される「根せり」、4月〜6月の「葉せり」と、季節によって味わいが異なるのも魅力のひとつ。
煮すぎると香りが飛ぶため、しゃぶしゃぶのようにさっと火を通して食べるのが基本。鴨や鶏の出汁との相性が抜群で、鍋料理にするとその風味が際立つ。名取のせりは、冬の寒さの中で育つからこそ、香りと旨味が凝縮されるのだ。
参考
宮城旬鮮探訪「春を感じる爽やかな香りと柔らかな茎と葉「春せり」|特集」
なぜ名取市でせり?
名取市がせりの一大産地となった理由は、地形と水にある。名取川の流域に広がる肥沃な土壌と、地下水が豊富な湿地帯──これらが、せりの栽培に理想的な環境を提供している。
せりは水辺を好む野菜で、湿度と水温の管理が重要になる。名取では、地下水を利用した「水耕栽培」に近い方法で育てられており、根まで白く美しく育つ。この根が、名取のせりの最大の特徴であり、他産地との違いでもある。
また、名取の農家は代々せり栽培を続けてきた。手作業での収穫や選別、出荷までの丁寧な工程が、品質の高さを支えている。せりは繊細な野菜で、少しの傷でも香りが落ちるため、扱いには熟練の技が必要なのだ。
名取市では、せりを使った料理が季節の風物詩として根付いている。冬には「せり鍋」、春には「七草粥」、夏には冷やし蕎麦──せりは、季節とともに姿を変えながら、名取の食卓に寄り添ってきた。
参考
名取市観光協会「宮城県」
高舘食堂 水神蕎麦でせり鍋を味わう
名取市高舘地区──金蛇水神社の近くにある「高舘食堂 水神蕎麦」は、地元の食材にこだわる蕎麦屋として知られている。私は冬の昼下がり、せり鍋を目当てにこの店を訪れた。
店内は民家を改装したような温もりのある空間で、窓からは名取の田園風景が広がっていた。メニューには「せり鍋定食」の文字。迷わず注文すると、ほどなくして一人鍋が運ばれてきた。
鍋には、鶏肉、白菜、キノコ、豆腐、そして名取産のせりが別皿でたっぷりと盛られている。まずは出汁を煮立て、鶏肉を入れる。鶏の旨味がじんわりと広がる中、せりの根をさっと湯にくぐらせて口に運ぶ。
シャキッとした歯ごたえ、ほのかな甘み、そして土の香り──根まで食べるせりの魅力が、ここに凝縮されていた。次に茎と葉をしゃぶしゃぶのように火を通す。茎はしっかりとした食感、葉はふわりと香りが立ち、出汁との相性が抜群だった。
鍋の締めには、店主おすすめの「水神蕎麦」を投入。名取産の蕎麦粉を使った細打ちの蕎麦は、せりの香りをまといながら、出汁を吸って優しい味わいに変化する。まさに、名取の冬を味わう一杯だった。
店主に話を聞くと、「せりは名取の誇り。根まで食べる文化は、ここで育った人間には当たり前なんです」と語ってくれた。その言葉に、名取の食文化の深さを感じた。
所在地:〒981-1243 宮城県名取市高舘川上五性寺71−1
電話番号:0227997097
まとめ
「高舘食堂 水神蕎麦」で味わったせり鍋は、まさにその文化の結晶だった。根・茎・葉──それぞれの部位が異なる味と食感を持ち、鍋の中で調和しながらも個性を主張する。鶏の出汁にくぐらせた瞬間、せりは香りを立ち上らせ、名取の冬の空気を思わせる清らかさを口に運んでくれる。
この「根まで食べる」という食文化は、名取ならではのものだ。多くの地域では葉や茎だけが使われるが、名取では根こそが旨味の核とされる。その背景には、湿地帯の水耕栽培に近い栽培法と、代々受け継がれてきた農家の技術がある。根が太く、白く美しいのは、名取の土と水が育てた証だ。
また、せりは季節の節目を告げる野菜でもある。春の七草粥に始まり、冬のせり鍋へ──その移ろいは、名取の暮らしと密接に結びついている。祝いの席や年越しの食卓に登場することもあり、せりは単なる食材ではなく、土地の記憶を運ぶ存在なのだ。
令和6年には「仙台せり」がGI登録され、名取のせりは全国的なブランドとなった。だが、その根底にあるのは、地元の人々が日々の食卓でせりを大切にしてきたという事実だ。名取のせりは、誇りであり、日常であり、未来への贈り物でもある。
私はこの町を訪れて、せりを味わい、その背景にある物語に触れることができた。季節が巡るたびに、また名取のせりに会いに来たい──そう思わせる、静かで力強い旅だった。