【宮城県】東北初ジビエの郷「大崎市」の食文化を訪ねるinあ・ら・伊達な道の駅・鬼首「大久商店」
「ジビエ」と聞いて、どんなイメージが浮かぶだろうか。野性味あふれる肉、山の恵み、ちょっと敷居の高い料理──そんな印象を持つ人も多いかもしれない。だが、今、宮城県大崎市ではこのジビエを地域の未来につなげる東北地方初となる取り組みが始まっている。
大崎市は、宮城県北西部に広がる自然豊かな地域。鳴子温泉や鬼首高原など、観光資源に恵まれたこの地で、近年増加するシカやイノシシ、ツキノワグマなどの野生鳥獣による農作物被害が深刻化している。そこで市は、駆除された命を無駄にせず、食として活かす「ジビエの郷おおさき」構想を立ち上げた。
この取り組みは、単なる食文化の振興ではない。地域の課題を解決し、山と人との関係を再構築する試みでもある。ジビエを通じて、自然と共生する暮らしを見つめ直す──そんな思いが込められている。
私はその現場を体感するため、鬼首の「大久商店」で熊ジビエの「鬼そば」を味わい、道の駅「あ・ら・伊達な道の駅」で大崎ジビエを購入。自宅で調理してみたところ、驚くほど美味しかった。これは、ただの食レポではない。山の命と向き合う、静かな旅の記録である。
参考
大崎市「市長コラム令和5年12月号」「ジビエの郷おおさき(旧真山小学校)」
KHB東日本放送「東北初のジビエ加工施設 宮城・大崎市に完成 農作物被害軽減 」
日本経済新聞「駆除イノシシ、美味な名産に 宮城・大崎市」
ジビエとは
ジビエとは、フランス語で「狩猟肉」を意味する言葉。日本では、野生のシカ、イノシシ、熊、ウサギなどを食材として活用する文化を指す。かつては山間部の限られた地域でのみ食されていたが、近年ではレストランや道の駅などでも提供されるようになり、注目を集めている。
ジビエの魅力は、何といってもその力強い味わい。野生で育った動物は筋肉質で、旨味が濃く、脂もさっぱりしている。調理には技術が必要だが、適切な処理を施せば、クセのない美味しさが引き出される。
また、ジビエは持続可能な食文化としても注目されている。野生鳥獣による農作物被害は全国的に深刻化しており、駆除された動物の命を無駄にせず、食として活かすことは、環境保全と地域振興の両立につながる。
大崎市が取り組む「ジビエの郷おおさき」は、まさにこの理念を体現するプロジェクトだ。山の命をいただくことは、自然と人との関係を見つめ直すことでもある。ジビエは、食卓にのぼるまでに多くの物語を宿している。
大崎市と「ジビエの郷おおさき」
宮城県大崎市は、県北西部に位置する人口約12万人の市。鳴子温泉郷、岩出山城址、鬼首高原など、豊かな自然と歴史文化が共存する地域だ。農業も盛んで、米や野菜の生産が地域経済を支えている。
この土地の魅力は、何といっても「人と自然の距離の近さ」にある。山があり、川があり、温泉が湧き、四季の移ろいが暮らしに溶け込んでいる。そんな環境だからこそ、野生鳥獣との関係も密接だ。近年では、シカやイノシシによる農作物被害が増加し、地域課題となっている。
そこで大崎市は、2023年から「ジビエの郷おおさき」構想を本格始動。東北地方としてはじめて市内にジビエ処理施設を整備し、衛生管理を徹底した上で、熊・シカ・イノシシなどの肉を商品化。道の駅や飲食店での提供、学校給食への導入など、多角的な展開を進めている。
目指すのは、「ジビエといえば大崎」と言われる地域ブランドの確立。食文化としてのジビエを育てるだけでなく、地域課題の解決、観光資源の創出、そして自然との共生を実現する──それが、大崎市の目指す未来だ。
参考
農林水産省「国産ジビエ認証施設の第40号認証について(大崎市ジビエ食肉 」
所在地:〒989-6401 宮城県大崎市岩出山上真山日向要害2
鬼首・大久商店で熊ジビエの「鬼そば」を味わう
鳴子温泉から車で山道を進むこと約30分。鬼首高原の入り口にある「大久商店」は、地元の人々に愛される食堂兼土産店だ。山菜やきのこ、郷土料理のばっけ味噌など地産地消のこのお店で提供されているのが、熊肉を使った名物「鬼そば」。ジビエ初心者の私にとっては、少し勇気のいる選択だったが、せっかくならと挑戦してみることにした。
店内は素朴で温かく、薪ストーブの香りが漂っていた。メニューには「熊肉入り鬼そば(数量限定)」の文字。注文すると、店主が「今日はいい熊が入ってますよ」と笑顔で教えてくれた。
運ばれてきた丼には、太めの蕎麦の上に、しっかり煮込まれた熊肉が乗っていた。見た目は牛すじのようだが、香りは野性味がありながらも上品。まずは一口──驚いた。まったく臭みがなく、柔らかくて旨味が濃い。脂は控えめで、噛むほどに山の香りが広がる。
スープは醤油ベースで、熊肉の出汁がしっかり溶け込んでいる。蕎麦との相性も抜群で、食べ進めるほどに体が温まっていく。店主によると、熊肉は地元猟師が仕留めたものを、市の処理施設で丁寧に処理したものだという。
「熊肉は哺乳類で美味いです。とくに一番冬眠前が一番脂が乗って美味しいんですよ」と教えてくれた店主の言葉に、ジビエの奥深さを感じた。食後には、熊肉の燻製も試食させてもらったが、これがまた絶品。噛むほどに旨味が広がり、酒の肴にぴったりだ。
鬼首の山々を眺めながら、私は思った。これはただの食事ではない。山の命をいただくという行為そのものが、土地と人をつなぐ営みなのだ。
山の幸直売店 大久商店
所在地:〒989-6941 宮城県大崎市鳴子温泉鬼首轟18−1
道の駅でジビエを購入、自宅で調理してみた
旅の帰り道、岩出山にある「あ・ら・伊達な道の駅」に立ち寄った。ここでは、大崎ジビエの加工品が販売されていると聞いていた。総菜コーナーには、イノシシのミンチ、鹿肉のソーセージ、熊肉の燻製などが並び、どれも地元産のラベルが貼られていた。
帰宅後、イノシシのミンチはハンバーグに、鹿肉のソーセージはグリルで焼いてみた。イノシシハンバーグは、脂が少なくあっさりしているのに、噛むほどに旨味が広がる。牛や豚とは違う、野性味のあるコクがあり、塩と胡椒だけのシンプルな味付けでも十分に美味しい。
鹿ソーセージは、焼き上がると香ばしい香りが立ち上り、皮はパリッと、中はジューシー。クセはまったくなく、むしろ上品な味わいで、赤ワインとの相性も抜群だった。家族も「これ、また食べたい」と驚いていた。
パッケージには「大崎市産ジビエ」と明記されており、処理施設での衛生管理やトレーサビリティも徹底されていることがわかる。安心して食べられるだけでなく、「この肉はどこで、誰が、どうやって獲ったのか」が見えることが、食材への信頼と感謝につながっている。
食後、ふと鬼首の山々を思い出した。あの熊そばの力強い味、店主の言葉、そして山の静けさ──それらが、ジビエという食材を通じて、私の食卓に届いていた。大崎市のジビエは、単なる“肉”ではない。それは、地域の自然と人の営みが織りなす、命の物語なのだ。
まとめ
今回の旅で出会った大崎市のジビエは、ただの珍しい食材ではなかった。それは、山の命をいただくという行為を通じて、地域の自然と人の暮らしをつなぐ“文化”だった。鬼首の大久商店で味わった熊そばは、力強くも優しい味で、山の記憶を舌に刻んでくれた。道の駅で購入したイノシシや鹿の加工品も、家庭の食卓に新しい風を運んでくれた。
大崎市が「ジビエの郷おおさき」構想を掲げる背景には、野生鳥獣による農作物被害という現実がある。だがその課題に対して、命を無駄にせず、食として活かすという選択をしたことに、私は深い共感を覚えた。ジビエは、駆除の結果ではなく、共生の一歩なのだ。
市は今後、ジビエを地域ブランドとして育て、「ジビエといえば大崎」と言われるような存在を目指している。飲食店での提供、道の駅での販売、学校給食への導入──そのすべてが、地域の食文化を豊かにし、観光資源としても機能する可能性を秘めている。
そして何より、ジビエは“命をいただく”という行為を、私たちに改めて考えさせてくれる。山で生きていた命が、食卓に届くまでの過程。その背景にある自然、猟師、職人、行政──すべてがつながっている。
私はこの旅を通じて、食べることの意味をもう一度見つめ直すことができた。ジビエは、地域の課題を解決するだけでなく、人の心を豊かにする力を持っている。次は、もっと深く猟師の話を聞いてみたい。そしてまた、大崎の山の恵みに出会いに行こうと思う。