【宮城県石巻市】全国有数の発酵食品文化を訪ねるin島津麹店/平孝酒造

宮城県石巻市。太平洋に面したこの港町は、古くから漁業と共に生きてきた町だ。北上川の河口に広がる石巻は、三陸・金華山沖という世界有数の漁場を抱え、四季折々の魚介が水揚げされる。そんな石巻に、もうひとつの文化が静かに息づいている──それが「発酵」である。

発酵といえば、内陸の米どころや山間の味噌蔵を思い浮かべる人も多いだろう。だが、石巻には港町ならではの発酵文化がある。魚に合う酒を追求する酒蔵、麹を通じて健康と和食文化を支える麹店──それらは、海と人の暮らしをつなぐ“見えない力”として、今も静かに根を張っている。

今回私は、石巻市の発酵文化を探る旅に出た。訪れたのは、創業110年を超える「島津麹店」と、鮨に合う酒として知られる「平孝酒造」。どちらも、微生物と人間の共生によって生まれる“生きた味”を育ててきた場所だ。

発酵は、自然と人間が共に生きるための知恵であり、土地の記憶を継承する文化でもある。石巻の海風を感じながら、私はその味に触れ、物語を味わった。

発酵とは

発酵とは、微生物の働きによって有機物が分解され、食品の風味や栄養価が高まる現象のこと。日本では、麹菌・酵母・乳酸菌などが主役となり、味噌・醤油・酒・漬物などが生み出されてきた。発酵は保存性を高めるだけでなく、栄養素の吸収を助け、腸内環境を整えるなど、健康面でも多くのメリットがある。

とくに麹は、日本の発酵文化の中心にある存在。米や麦に麹菌を繁殖させることで、酵素が生まれ、素材の旨味を引き出す。麹は“見えない調味料”とも言われ、味の奥行きと身体へのやさしさを同時に叶えてくれる。

石巻市では、こうした麹文化が海の恵みと結びついている。魚に合う酒を造るための麹、健康を支える甘酒──それらは、港町ならではの発酵のかたちだ。発酵は、自然と人間が共に生きるための知恵であり、土地の風土と人の手仕事が織りなす文化なのだ。

参考

農林水産省「「発酵」の不思議

宮城県・石巻市の発酵文化

宮城県は、全国でも有数の発酵文化が根付く地域。米どころとしての歴史を持ち、味噌・醤油・酒の醸造が盛んだ。特に大崎市や登米市では麹専門店が多く、納豆やどぶろくなどの発酵食品が日常に溶け込んでいる。

石巻市は、そんな宮城県の中でも異彩を放つ港町。海に面しながらも、発酵文化がしっかりと根を張っている。その背景には、魚介類との相性を追求した酒造りや、健康志向の高まりと共に注目される麹製品の存在がある。

平孝酒造は、「魚でやるなら日髙見だっちゃ!」をモットーに、鮨に合う酒を追求してきた蔵元。一方、島津麹店は、石巻唯一の糀製造所として、ササニシキ米を使った生麹や甘酒を提供している。どちらも、石巻の風土と人々の暮らしに根ざした発酵文化の担い手だ。

港町である石巻に発酵文化が根付いたのは、海と陸の恵みが交差する場所だからこそ。水、米、魚──それらが発酵という営みを通じて、ひとつの味に結びついている。

石巻市の島津麹店と平孝酒造を訪れる

島津麹店へ

石巻駅から歩いて15分ほど、住宅街の一角に「島津麹店」はある。創業110年を超えるこの店は、石巻唯一の糀製造所。店先には「華糀」シリーズの甘酒や生麹が並び、どれも保存料・加糖・添加物不使用。冷凍保存で酵素が生きているという。店内に入ると、ふわりと甘い麹の香りが漂い、奥から女将さんがにこやかに迎えてくれた。

「うちは昔ながらの製法で、麹菌と米だけで仕込んでいます。赤ちゃんでも飲めるくらい優しいんですよ」と女将さん。私は「華糀プレーン」と「華糀キャロット」を購入。帰宅後、朝食代わりに飲んでみると、驚くほどまろやかで、自然な甘みが広がった。キャロットは人参の爽やかさと麹の甘さが絶妙に調和し、腸が喜ぶような感覚があった。

麹は、発酵の起点であり、日本の食文化の根幹を支える存在。島津麹店の甘酒は、まさに“生きた飲み物”だった。石巻の水と米、そして微生物の力が、身体に染み渡るような味を生み出していた。

所在地:〒986-0828 宮城県石巻市旭町3−24

電話番号:0225221708

平孝酒造へ

次に訪れたのは、北上川沿いにある「平孝酒造」。文久元年創業の老舗で、代表銘柄「日高見」は、鮨に合う酒として全国に知られている。蔵の中では、麹室や酒母室がステンレス張りに改修され、衛生管理と温度管理が徹底されていた。震災後の復興を経て、若い蔵人たちが酒造りを担っているという。

「魚でやるなら日高見だっちゃ!」──このキャッチコピーは、宮城県内の居酒屋でよく耳にする。実際、地元の鮨屋や割烹では、日高見が定番の酒として提供されており、刺身や煮魚との相性の良さが評判だ。私も以前、仙台の居酒屋で日高見を飲んだことがあり、その柔らかな口当たりと米の旨味が印象に残っていた。

今回は「日高見 純米吟醸 魚ラベル」と「日高見 スパークリング」を購入。前者は、魚介の旨味を引き立てる柔らかな口当たりで、刺身との相性が抜群。後者は、微発泡の爽やかさがあり、食前酒としても楽しめる。どちらも、石巻の海の記憶を宿した酒だった。

蔵人の話によれば、酒造りは「科学と職人技の融合」だという。発酵中のタンク表面に現れる泡の変化を「すじ」「みず」「いわ」「たか」「おち」「たま」「じ」と呼び、泡の状態を見ながら発酵の進行具合を判断する──これは微生物の動きを目で読み取る伝統的な技術であり、現代の温度管理と並行して活かされている。

発酵食品は、食べるだけでなく、土地の風景や人の営みを感じさせてくれる。島津麹店と平孝酒造──その味には、石巻という港町の静かな力が宿っていた。麹と酒、それぞれの発酵のかたちは違えど、共通していたのは“待つこと”と“育てること”。微生物と人が共に生きるための知恵が、そこには確かに息づいていた。

所在地: 〒986-0871 宮城県石巻市清水町1丁目5−3
電話番号: 0225-22-0161

参考

醸造と科学 - 平孝酒造|宮城県石巻市

仙台市「発酵食品で免疫力アップ! | 暮らす仙台

復興庁「米・発酵食品 | イチオシの逸品 

まとめ

石巻市の発酵文化は、海と人をつなぐ静かな力だった。麹の甘酒、鮨に合う酒──それらは、微生物と人間の共生によって生まれる“生きた味”であり、土地の記憶を継承する文化でもある。

島津麹店の「華糀」は、ササニシキ米を使った生麹の甘酒。保存料も加糖もない、自然の力だけで生まれた味は、身体にやさしく、心に沁みる。平孝酒造の「日高見」は、魚介との相性を追求した酒。港町・石巻の風土と人々の暮らしが、酒の味に宿っていた。

なぜ港町に発酵文化が根付いたのか──それは、海と陸の恵みが交差する場所だからこそ。水、米、魚、そして人の手仕事。それらが発酵という営みを通じて、ひとつの味に結びついている。石巻は、漁業の町であると同時に、発酵の町でもあるのだ。

発酵は、保存技術であり、健康の源であり、文化の記憶でもある。微生物が働き、人が見守り、時間が味を育てる──その過程には、自然との対話がある。石巻の発酵食品は、食べる人の身体だけでなく、心にも静かに語りかけてくる。

私はこの旅を通じて、発酵が持つ力を改めて実感した。それは、体を整える力であり、心を癒す力であり、土地と人をつなぐ力でもある。次は、麹づくりの現場にもっと深く入り込み、発酵の奥深さに触れてみたい。そしてまた、石巻の“生きた味”に出会いに行こうと思う。

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