【宮城県石巻市】郷土料理「ずるびきうどん」を訪ねてin上品の郷


冷たい海風が育んだ石巻の熱きあんかけ麺

私は地域文化ライターとして、土地に根ざした食や語りを通じて、日本文化の奥行きを伝える仕事をしている。文化とは、制度や建築だけではなく、日々の暮らしの中にこそ宿るものだと思っている。特に、郷土料理にはその土地の気候、産業、信仰、そして人々の知恵が凝縮されている。だからこそ、私は「食べる」ことで地域の声を聞き、「書く」ことでその記憶を共有したいと願っている。

今回訪れたのは、宮城県石巻市。三陸沿岸の風が吹き抜けるこの港町には、寒さ厳しい冬を乗り越えるために生まれた、熱々のあんかけ麺料理がある。その名も「ずるびきうどん」。名前の響きからして、どこか親しみがあり、勢いよくすする音が聞こえてくるようだ。精進料理ではなく、漁師や労働者たちの活力食として育まれてきたこの料理には、石巻の暮らしの知恵が詰まっている。


石巻市とは

石巻市は、宮城県東部に位置する沿岸都市。北上川の河口に広がり、古くから漁業と水運の要衝として栄えてきた。江戸時代には仙台藩の「要害」として城郭が置かれ、町人町として商人や職人が集まった。近代以降は水産加工業が発展し、現在も港町としての風情を色濃く残している。

2011年の東日本大震災では甚大な被害を受けたが、復興の歩みとともに、地域の食文化や観光資源を活かしたまちづくりが進められている。ずるびきうどんも、そうした地域再生の中で再評価され、今では石巻のソウルフードとして注目されている。


「ずるびき」とは何か?

ずるびきうどんは、うどんやそばの上に、熱々の醤油ベースのあんかけをかけた麺料理。具材には鶏肉や豚肉、干し椎茸、人参、ごぼう、豆麩、油揚げ、高野豆腐、糸こんにゃくなどが入り、精進料理ではなく、雑食性のある庶民の味だ。

最大の特徴は、あんかけの濃度と熱さ。とろみのある餡が麺に絡み、勢いよく「ずるずる」とすすることで、身体の芯から温まる。名称の由来もそこにある。「ずるびく」とは、麺をすする動作や音を表す方言であり、汁を「ひく」ようなとろみの感覚も含まれているという。

白石市の「おくずかけ」が仏事や報恩講などで振る舞われる精進料理であるのに対し、石巻のずるびきは、漁師や町人たちの間で日常的に食されてきた活力食。禅宗文化の影響を受けたおくずかけとは異なり、ずるびきは石巻の労働と暮らしに根ざした料理なのだ。

「ずるびき」は、汁を「ずるずる」とすする音と、あんかけのとろみが「ひく」動作に由来するという説がある。

――旅東北「石巻市飯野川地区郷土料理「ずるびき」


「上品の郷」探訪:道の駅で出会う伝統の味

石巻市の北上川河口近くに位置する道の駅「上品の郷」は、三陸沿岸と内陸を結ぶ交通の要衝にあり、観光客だけでなく地元住民にも親しまれている。温泉施設や農産物直売所を併設し、地域の暮らしと旅人の交差点として機能しているこの場所で、私は石巻の郷土料理「ずるびきうどん」に出会った。

館内の食堂「こばやし 上品の郷店」で注文したのは、ずるびきあんかけうどん。湯気を立てた丼が運ばれてきた瞬間、まず目を引いたのは餡の光沢と具材の賑やかさ。椎茸、人参、ごぼう、鶏肉、豆麩、油揚げ、高野豆腐、糸こんにゃく──まるで冬の台所をそのまま丼に閉じ込めたような一椀だった。

スープをひと口すすると、干し椎茸の出汁がしっかりと効いていて、醤油の香りが立ちすぎず、旨味がじんわりと広がる。餡は熱々で、油断すると舌を火傷しそうなほど。麺は讃岐風の冷凍うどんだったが、餡との絡みは良く、「ずるり」とした食感が心地よい。まさに名前の由来通り、麺を「ずるずる」とすする音が似合う料理だった。

この実食体験を通じて、私は改めて宮城県に広がる“あんかけ文化”の多層性に気づかされた。同じくとろみのある汁物である白石市の「おくずがけ」、美里町涌谷の「すっぽこ汁」とは、構成も背景も異なる。

白石で食べた「おくずがけ」は、仏事や報恩講などで振る舞われる精進料理。具材は野菜と豆製品が中心で、肉や魚は使われない。とろみは片栗粉でつけられ、白石温麺との相性が抜群だった。静かな祈りのような料理で、店主の語りからも仏教文化と家庭の記憶が重なり合う一椀であることが伝わってきた。

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一方、美里町涌谷でいただいた「すっぽこ汁」は、根菜と温麺を餡でとじた料理で、見た目は似ていても、背景は異なる。農林水産省の資料によれば、県北地域のすっぽこ汁は、法事の際に裏方を務めた人へのねぎらいとして振る舞われる料理だという【出典:おくずかけ 宮城県 | うちの郷土料理:農林水産省】。つまり、仏事の場においても、供養の対象ではなく、働いた人への感謝の料理として位置づけられている。実際に涌谷でいただいたすっぽこ汁は、温麺のつるみと根菜の甘みが調和し、どこか「労をねぎらう」温かさが感じられた。

さらに、同資料では「のっぺい汁」も紹介されている。これは県内各地で日常的に食される郷土料理であり、特定の行事に結びつかない点が特徴だ。具材は地域によって異なるが、あんかけ仕立てであることは共通している。つまり、宮城県には「仏事の精進料理(おくずがけ)」「ねぎらいの汁物(すっぽこ)」「日常のあんかけ(のっぺい汁)」という三層のとろみ文化が存在しているのだ。

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そして石巻の「ずるびきうどん」は、これらとはまた異なる第四の層──「漁師町の活力食」としての位置づけを持っている。精進でもなく、ねぎらいでもなく、日常でもない。寒風の中で働く人々が、身体を温めるために生み出した、力強く雑多な一椀。その味の濃さ、具材の豊かさ、そして「ずるずる」とすする音の響きが、石巻という土地の気質を映している。

上品の郷で味わったずるびきうどんは、単なる郷土料理ではなかった。それは、石巻の暮らしと記憶をすくい上げる文化の器であり、宮城の食文化の多層性を照らす一椀だった。

道の駅上品の郷

所在地:〒986-0132 宮城県石巻市小船越二子北下1−1

電話番号:0225623670

参考

「おくずかけ」~みやぎ仙南の郷土料理~


ずるびきの旅の周辺散策:石巻市の観光スポット

食後は、石巻市の風景を歩いてみた。石巻市は古代から続く港町だ。町を歩くだけで面白い。

まず訪れたのは石巻湾。漁港には水揚げされた魚が並び、海風が吹き抜ける。ずるびきが生まれた背景には、こうした「海とともに生きる文化」があるのだと実感する。

北上川の流れも印象的だった。道の駅のすぐ近くを流れるこの川は、石巻の歴史と産業を支えてきた母なる水路。川沿いを歩くと、復興の記憶とともに、土地の営みが静かに語りかけてくる。

最後に訪れたのは「石ノ森萬画館」。漫画家・石ノ森章太郎の作品世界を体験できる施設で、震災後の復興のシンボルとしても知られている。伝統と創造が交差するこの場所は、石巻の今を象徴していた。


最後に

石巻で味わった「ずるびきうどん」は、寒風の港町で育まれた活力の一椀だった。熱々のあんかけが麺に絡み、具材の賑やかさとすする音が、漁師町の暮らしをそのまま映しているようだった。精進料理ではなく、雑多で力強く、日々の労働を支える食としての存在感がある。

この旅では、宮城県内に広がる“あんかけ文化”の多層性にも触れることができた。白石市でいただいた「おくずがけ」は、仏事や報恩講に供される精進料理で、白石温麺との調和が印象的だった。一方、美里町涌谷の「すっぽこ汁」は、法事の裏方を務めた人へのねぎらいとして振る舞われる料理で、温麺と根菜の優しい味が心に残っている。

農林水産省の資料によれば、「おくずがけ」は県南の彼岸やお盆に、「すっぽこ汁」は県北の法事に、「のっぺい汁」は日常の食卓に──と、同じとろみのある汁物でも地域ごとに意味と背景が異なる。ずるびきは、これらとはまた違う、石巻ならではの“暮らしの熱”が詰まった料理だった。

本記事のほかにも、白石でのおくずがけ、美里町でのすっぽこ汁の訪問記を公開しています。宮城の食文化を通して、土地の記憶と語りを辿る旅は、まだまだ続いていく。次なる一椀の向こうに、どんな風景が待っているのか──それを探しに、また歩き出したい。

私は地域文化ライターとして、こうした料理に出会うたびに、土地の声を聞いている気がする。ずるびきは、すする音の向こうに、漁師町の記憶と誇りを宿していた。

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