【宮城県気仙沼市】日本一の「ホヤ」を食べるinホヤ養殖発祥地・ヤマヨ食堂
海産物の宝庫・宮城県。その中でも、気仙沼のホヤはひときわ異彩を放っている。見た目は奇妙、味は複雑──それなのに、なぜか忘れられない。私はずっと不思議だった。なぜホヤは、ここまで地元の人々に愛されているのか。なぜ気仙沼では、ホヤをPRするために「ホヤぼーや」なるキャラクターまで生まれたのか。
ホヤは、五味──甘味・塩味・酸味・苦味・旨味──すべてを持つ、極めて珍しい海産物だ。口に含むと、海そのものを食べているような感覚になる。好き嫌いが分かれる食材ではあるが、気仙沼ではそれが誇りになっている。しかもこの地は、ホヤ養殖の発祥地であり、現在も日本一の生産量を誇る。
私はその理由を探るため、気仙沼を訪れた。目的は、旬の時期にしかホヤ料理が登場しないという「ヤマヨ食堂」で、実際にホヤを味わうこと。そして、ホヤぼーやがなぜここまで愛されているのか、その背景を知ること。
海の香り、潮の流れ、人の手──それらが織りなす気仙沼のホヤ文化。その奥にある物語を、私は味わい、言葉にしてみたかった。
参考
宮城県「ホヤの特徴 ○地域性・季節感など」
海鞘(ホヤ)の語源や由来
ホヤは、海の中で育つ不思議な生き物だ。見た目は赤橙色のゴツゴツした外皮に突起が生え、まるで海の果実。分類上は脊索動物門に属し、貝でも魚でもなく、実は人間に近い構造を持つというから驚きだ。
味は、五味──甘味・塩味・酸味・苦味・旨味──すべてを持つ、極めて珍しい食材。口に含むとまず磯の香りが広がり、次にほのかな甘み、そして苦みと酸味が交錯し、最後に旨味が残る。まるで海そのものを食べているような感覚で、好き嫌いが分かれるのも納得だ。
語源には諸説あり、古語の「ほやほや(柔らかく温かいもの)」に由来するとも、「火屋(ほや)」=火を灯す器に似ているからとも言われている。学術的には「海鞘(ホヤ)」と書き、海の鞘に包まれた味の宝石とも言える存在だ。
ホヤ養殖発祥の地・日本一の産地「気仙沼」
宮城県北東部、三陸海岸に面した港町・気仙沼。サメやカツオ、メカジキ、サンマの水揚げで知られるこの町は、実はホヤの養殖発祥の地でもある。昭和30年代、地元の漁師たちが天然のホヤを安定して供給するために養殖技術の確立に挑んだ。三陸の海は潮流が速く、プランクトンが豊富で、ホヤの成育に理想的な環境だった。
リアス式海岸の湾内は、波が穏やかで水温や塩分濃度が安定している。ホヤは環境変化に敏感な生き物で、育てるには繊細な管理が必要だ。気仙沼の海は、その繊細さに応えてくれる。養殖棚は海面に浮かび、ホヤはゆっくりと時間をかけて育っていく。
東日本大震災では、養殖施設が壊滅的な被害を受けた。しかし、地元の漁師たちは諦めなかった。復興への思いを込めて、ホヤの養殖を再開。今では気仙沼は、ホヤの生産量日本一を誇るまでに回復した。
ホヤは、気仙沼の海と人の営みが育てた食材だ。単なる珍味ではなく、地域の誇りであり、復興の象徴でもある。この町でホヤを食べることは、海の記憶と人の努力を味わうことにほかならない。
気仙沼の海を背負うPRキャラクター「ホヤぼーや」
気仙沼の町を歩いていると、あちこちで目にするのが「ホヤぼーや」の姿だ。駅前の看板、観光パンフレット、イベントののぼり──彼は気仙沼の顔として、町のあらゆる場所に登場する。頭にはホヤの突起、胴体は漁師スタイル、背中には気仙沼の海を背負っている。見た目はユニークだが、その存在には深い意味がある。
ホヤぼーやは、気仙沼の海産文化を象徴するキャラクターとして2008年に誕生した。ホヤの魅力を全国に発信するため、観光PRやイベントで活躍している。子どもたちには親しみやすく、大人たちには誇りを感じさせる存在だ。
彼がPRキャラになるほど、ホヤは気仙沼にとって重要な存在なのだ。ホヤは、海の恵みであると同時に、震災からの復興を支えた希望の象徴でもある。ホヤぼーやは、その物語を背負っている。
イベントでは、ホヤ料理の試食や養殖体験、ホヤぼーやとの記念撮影などが行われ、観光客と地元の人々をつなぐ架け橋となっている。彼の笑顔には、気仙沼の海と人の記憶が宿っている。
気仙沼ヤマヨ食堂でホヤを味わう
気仙沼駅から歩いて数分、港町の一角にある「ヤマヨ食堂」。地元の人々に愛されるこの食堂は、旬の時期(5月〜8月)だけホヤ料理を提供する。私はその時期を狙って訪れた。店構えは素朴で、暖簾をくぐると木の香りと潮の気配が漂っていた。
壁にはホヤぼーやのポスターが貼られ、メニューには「ホヤ刺し定食」「ホヤの天ぷら」「ホヤの味噌汁」など、ホヤ尽くしのラインナップが並ぶ。私は迷わず「ホヤ刺し定食」を注文した。
運ばれてきた皿には、鮮やかな橙色のホヤが美しく盛られていた。皮を剥かれた身は半透明でぷるんとしていて、まるで海のゼリー。まずは何もつけずに一口。潮の香りがふわっと広がり、甘みと苦み、酸味が交錯する。まさに五味が一体となった味わいだった。
酢味噌を少しつけて食べると、酸味が加わってホヤの苦みが和らぎ、旨味が際立つ。付け合わせの「ホヤの塩辛」は、発酵の力で旨味が凝縮され、酒が欲しくなる味だった。味噌汁にはホヤの出汁がしっかりと効いていて、海の香りが湯気に乗って立ち上る。
店主に話を聞くと、「ホヤは水温や潮の流れに敏感で、育てるのが難しい。でも気仙沼の海は、それに応えてくれる」と語ってくれた。ホヤは、ただの海産物ではない。海と人との対話の中で育まれた、気仙沼の記憶そのものなのだ。
食後、店の外に出て湾を眺めた。波は穏やかで、養殖棚が遠くに見える。あの海の中で、ホヤはゆっくりと育っている。私はその風景を胸に刻みながら、もう一度ホヤの味を思い出していた──あれは、海の記憶を食べる体験だった。
所在地: 〒988-0607 宮城県気仙沼市亀山8
電話番号: 0226-25-8505
まとめ
ホヤぼーや──気仙沼のご当地キャラクターとして、観光パンフレットやイベント、駅前の看板にまで登場する彼は、ただのマスコットではない。頭にはホヤの突起、胴体は漁師スタイル、背中には気仙沼の海を背負っている。その姿は、気仙沼の海産文化そのものを象徴している。
なぜホヤぼーやがPRキャラになるほど、ホヤは気仙沼にとって重要なのか。それは、ホヤがこの地の海と人の営みを映す鏡だからだ。昭和30年代に始まったホヤ養殖は、三陸の海の豊かさと漁師たちの知恵によって育まれた。震災後の復興も、ホヤを通じて地域の絆が深まった。
ホヤは、五味を持つ珍しい食材であり、海外でも韓国・中国・フランス・スペインなどで珍味として食べられている。だが、気仙沼のホヤは、単なる食材ではない。それは、海の記憶を食べる体験であり、地域の誇りを味わう瞬間なのだ。
ヤマヨ食堂で食べたホヤ刺しは、まさにその記憶を舌で感じる一皿だった。潮の香り、甘み、苦み、酸味──それらが一体となって、気仙沼の海を語っていた。
ホヤぼーやが笑顔で手を振るその姿には、気仙沼の海と人の物語が宿っている。私はその物語を、これからも味わい、伝えていきたいと思う。