【宮城県気仙沼市】日本一の「カツオ」の町を訪ねるin鳴月・あさひ鮨
私は地域文化ライターとして、土地に根ざした食と風土の関係を探り、言葉にして伝える仕事をしている。制度や建築では見えてこない、暮らしの中に息づく文化のかたち──それは、食卓の一皿にこそ宿っていると信じている。今回訪れたのは、宮城県気仙沼市。目的は、ここで水揚げされる「生鮮カツオ」を味わい、その背景にある海と人の営みを体感することだった。
宮城県は、全国でも有数の漁獲量を誇る港が点在する水産県である。三陸沿岸に広がるリアス式海岸は、複雑な地形が豊かな漁場を生み出し、世界的にも優れた海洋資源の宝庫とされている。気仙沼はその中でも、カツオ漁の拠点として知られ、実は生鮮カツオの水揚げ量が日本一を誇る港町である。
冷凍ではない、命の温度を保ったカツオ──その味は、他の産地とは一線を画す。私はこの町で、一本釣りの漁法やカツオの歴史を学びながら、昼と夜にそれぞれ異なるかたちでカツオを味わった。その一尾に込められた記憶と誇りを、言葉にして残しておきたいと思う。
生鮮カツオとは──冷凍ではない、命の温度を保った魚
「生鮮カツオ」とは、冷凍処理を施さず、鮮度を保ったまま水揚げ・流通されるカツオのことである。一般的なカツオは、遠洋で漁獲された後すぐに冷凍されるが、気仙沼では近海で一本釣りされたカツオを、氷で冷やしながら港へ運び、冷凍せずに出荷する。この「生」の状態こそが、カツオ本来の旨味と食感を最大限に引き出す鍵となっている。
では、なぜ気仙沼でこれほど多くの生鮮カツオが水揚げされるのか──その理由は、地理と漁業体制にある。気仙沼は三陸沖に面しており、黒潮と親潮が交差する世界有数の好漁場に近接している。さらに、リアス式海岸の入り組んだ地形が天然の良港を形成し、波が穏やかで船の出入りがしやすい。漁船の基地としても機能し、漁業者の技術と設備が整っているため、漁獲から流通までのスピードが圧倒的に早い。
気仙沼がカツオの町として知られるようになったのは、昭和中期以降である。1950年代から一本釣り漁法が普及し、1970年代には生鮮カツオの流通体制が整備された。以降、気仙沼港は全国屈指のカツオ水揚げ基地として発展し、現在では年間数万トン規模の水揚げ量を誇る。冷凍に頼らず、鮮度を保ったまま届ける技術と体制が整っていることが、他の漁港との大きな違いである。
生鮮カツオは、身がしっとりとしていて、プリッとした弾力がある。冷凍ものに比べて血合いの臭みが少なく、刺身でも漬けでも、火を通してもその違いは歴然である。気仙沼では、この生鮮カツオを活かした料理が数多く提供されており、地元の人々にとっては季節の風物詩でもある。
カツオの歴史
カツオは、日本人にとって古くから馴染み深い魚である。奈良時代の『正倉院文書』にも登場し、干物や塩漬けとして保存されていた記録が残っている。江戸時代には「初鰹」が粋の象徴とされ、春先に江戸に入荷する初物のカツオは、庶民の憧れの的だった。
当時の川柳には、こんな句が残されている。
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」
俳人・山口素堂が詠んだ有名な句だ。新緑、初夏の鳥、そして初物──季節の到来を三つの象徴で鮮やかに描いた一句である。
「鎌倉を生きて出けむ初鰹」
さらに、松尾芭蕉が詠んだ句も紹介した。
鎌倉をはじめ相模湾で初カツオがとれると江戸へと運ばれ、城へ献上される。初カツオのシーズンの到来を告げた句だと思われる。初物を食べることは縁起が良いとされ、季節の先取りが粋とされた時代背景がある。
気仙沼では、春から秋にかけてカツオが水揚げされる。特に初夏の「初鰹」、そして脂の乗った秋の「戻り鰹」は、それぞれ異なる味わいを持ち、季節の移ろいを感じさせる。カツオは、刺身、たたき、漬け、焼き物など、調理法によって表情を変える魚であり、その多様性もまた文化の一部である。
参考
山梨県立大学「鎌倉を生きて出でけん初鰹」
高知カツオ県民会議「鰹の食文化」
昼:四季燦々 鳴月で鰹漬け丼を味わう
気仙沼市魚町にある「四季燦々 鳴月」は、地元の魚介を中心に、季節の移ろいを感じさせる料理を提供する和食店である。暖簾をくぐると、木の温もりが感じられる落ち着いた空間が広がり、カウンター越しには料理人の丁寧な所作が見える。私はランチタイムに訪れ、名物の「鰹漬け丼(時価)」を注文した。
この丼は、気仙沼港で水揚げされた生鮮カツオを、店独自の秘伝ダレに漬け込んだ一品である。醤油をベースに、地元産の味噌やみりん、酒を絶妙な配合で合わせたタレは、カツオの旨味を引き立てながらも、素材の鮮度を損なわない。ひと口食べると、しっとりとした身にタレの深みが染み渡り、噛むほどに海の香りが広がる。薬味の刻みネギや大葉がアクセントとなり、味の層を豊かにしている。
店主は「漬けにすることで、カツオの味がより立体的になるんです。鮮度がいいからこそ、漬けても負けない」と語ってくれた。この一皿には、漁師の技と料理人の工夫、そして気仙沼の海の恵みが凝縮されていた。丼の器を手に持った瞬間、私はこの町の文化を食べているのだと実感した。
所在地:〒988-0013 宮城県気仙沼市魚町2丁目1−18
電話番号:0226258166
参考:かつお食べて(食べる) | 【公式】気仙沼の観光情報サイト|気仙沼さ来てけらいん
夜:あさひ鮨 本店でカツオの刺身を堪能する
夕食は、気仙沼市南町にある「あさひ鮨 本店」でいただいた。創業50年を超える老舗の寿司店で、地元の魚を中心に、職人の技が光る寿司と逸品料理を提供している。店内は落ち着いた雰囲気で、カウンター席に座ると、目の前で職人が魚を捌く様子が見える。私は迷わず「カツオの刺身」を注文した。
提供された刺身は、見るからに艶やかで、包丁の入り方も美しい。厚みのある切り身は、表面がほんのり光を反射し、鮮度の高さを物語っていた。ひと切れ口に運ぶと、プリッとした食感とともに、カツオの豊かな旨味が広がる。生臭さはまったくなく、むしろ清らかな海の香りが感じられた。醤油を少しつけるだけで、味が引き締まり、身の甘みが際立つ。
店主は「気仙沼のカツオは、一本釣りで丁寧に扱われているからこそ、この味になるんです。刺身にするなら、やっぱり生鮮じゃないと」と語ってくれた。その言葉には、魚を扱う者としての誇りと、海への敬意が込められていた。あさひ鮨のカツオ刺身は、気仙沼の海の恵みと職人の技が融合した、静かな感動をもたらす一皿だった。
所在地:〒988-0017 宮城県気仙沼市南町2丁目4−27
電話番号:0226232566
まとめ
気仙沼でカツオを味わうということは、単なる食体験ではない。それは、海と人がともに生きてきた記憶を口にすることでもある。志津川湾の穏やかな水面、一本釣りの漁法、漁師たちの手仕事、そして料理人の包丁──それらが一尾のカツオに凝縮されている。
昼に食べた漬け丼には、鮮度と技が融合した味の深みがあり、夜にいただいた刺身には、海の静けさと職人の誇りが宿っていた。どちらも、気仙沼という土地が育んだ文化のかたちであり、食べることでその背景に触れることができた。
カツオは、古代から日本人に親しまれてきた魚であり、江戸時代には「女房を質に入れても初鰹」とまで言われるほど、季節の先取りと粋の象徴だった。気仙沼では、その文化が今も生きている。生鮮カツオの水揚げ量が日本一という事実の裏には、海と人の共生、技術の継承、そして食への敬意がある。
私はこれからも、こうした「食の語り部」に耳を澄ませながら、地域文化の奥深さを丁寧に伝えていきたい。気仙沼のカツオは、その静かな誇りを語る魚である。