【宮城県仙台市】仙台発祥の「冷やし中華」を訪ねるin青葉区・中国料理 龍亭
地名や料理名は、土地の記憶を映す器だ。私は地域文化を記録する仕事をしている。各地の伝統産業や民俗、地名の由来、そして食文化の背景を掘り下げ、現地の空気を感じながら文章にする──それが私の旅のかたちだ。
今回訪れたのは、宮城県仙台市。目的は、冷やし中華発祥の店として知られる「龍亭(りゅうてい)」を訪ねること。冷やし中華──その名を聞けば、夏の定番として全国に広がる料理だが、その起源が仙台にあることは意外と知られていない。昭和12年(1937年)、龍亭の初代店主が「涼拌麺(リャンバンメン)」として提供したのが始まりとされている。
なぜ仙台で冷やし中華が生まれたのか──その背景には、東北の暑い夏と、仙台という都市の文化的成熟がある。伊達政宗が築いた城下町としての品格、外様大名の中でも屈指の石高を誇った豊かさ、そして食文化への感度の高さ。冷やし中華は、そんな仙台の風土が生んだ創意の味なのだ。
私はその発祥の味に触れるため、龍亭の暖簾をくぐった。
参考
仙台旅日和「仙台発祥「冷やし中華」を通年味わえる店6選」
産経新聞「冷やし中華のルーツ求めて 「中国料理 龍亭」の涼拌麺 仙台」
なぜ仙台で冷やし中華?
冷やし中華が仙台で生まれた理由は、単なる偶然ではない。昭和初期、仙台はすでに東北の中心都市として発展しており、文化・経済ともに成熟した空気を持っていた。夏の暑さが厳しい仙台では、食欲が落ちる季節に何か涼しくて栄養のある料理を──という発想が自然に生まれた。
龍亭の初代店主は、当時の中国料理の冷菜「涼拌麺(リャンバンメン)」に着想を得て、日本人の味覚に合わせた冷たい麺料理を考案した。醤油ベースのタレに酢を効かせ、錦糸卵やハム、きゅうりなどを彩りよく盛り付ける──そのスタイルは、見た目にも涼やかで、食欲をそそる工夫が凝らされていた。
仙台は、伊達政宗が築いた城下町であり、外様大名の中でも屈指の石高を誇った豊かな国だった。その都市構造と文化的成熟は、食文化にも表れている。冷やし中華という料理は、庶民の知恵でありながら、仙台の品格を映す鏡でもある。
冷やし中華が全国に広がったのは戦後以降だが、その原点は、仙台という都市の風土と創意の交差点にあった。
涼拌麺とは
「涼拌麺(リャンバンメン)」とは、中国上海の冷菜料理のひとつで、茹でた麺を冷水で締め、醤油や酢、ごま油などをベースにしたタレで和えたもの。具材には細切りの野菜や肉が使われ、暑い季節に食欲をそそる涼味料理として親しまれてきた。龍亭の初代店主はこの涼拌麺に着想を得て、日本人の味覚に合わせた冷たい麺料理を考案。昭和12年、仙台で「冷やし中華」として提供を始めたのが、日本最古の涼拌麺(冷やし中華の誕生)とされている。見た目の美しさと味の調和──その原型には、涼拌麺の知恵が息づいている。
龍亭の冷やし中華
龍亭は、仙台市青葉区の住宅街にひっそりと佇む老舗中華料理店。暖簾をくぐると、店内は落ち着いた雰囲気で、昭和の香りが残る空間だった。私は迷わず「冷やし中華(醤油ダレ)」を注文した。
運ばれてきた皿には、艶やかな中華麺の上に、錦糸卵、ハム、きゅうり、紅生姜、トマト、クラゲ──彩り豊かな具材が美しく盛り付けられていた。まずはタレをひと口。醤油と酢のバランスが絶妙で、甘すぎず、酸っぱすぎず、キレのある味わい。そこにごま油の香りがふわりと立ち上がり、食欲を刺激する。
麺は中太で、しっかりとしたコシがあり、冷水で締められているため喉越しが良い。具材との絡みもよく、ひと口ごとに異なる食感と風味が楽しめる。クラゲのコリコリとした歯ざわり、錦糸卵のふんわりとした甘み、ハムの塩気──それぞれがタレと調和し、全体として完成された一皿だった。
驚いたのは、冷やし中華に添えられた「からし」の存在。少量を溶かして食べると、味にピリッとしたアクセントが加わり、また違った表情を見せる。これは、龍亭が創業当初から守ってきたスタイルだという。
私は箸を進めながら、冷やし中華が単なる夏の定番ではなく、都市の記憶を宿した料理であることを実感した。龍亭の冷やし中華──それは、仙台の風土と創意が生んだ、静かで力強い味だった。
中国料理 龍亭
参考:龍亭のこと
所在地: 〒980-0012 宮城県仙台市青葉区錦町1丁目2−10
電話番号: 022-221-6377
まとめ
冷やし中華は、全国に広がる夏の定番料理だが、その原点は仙台にある。昭和12年、龍亭の初代店主が「涼拌麺」を日本人向けにアレンジし、冷たい麺料理として提供したのが始まりとされている。その背景には、仙台という都市の文化的成熟と、暑い夏を乗り切るための創意があった。
仙台は、伊達政宗が築いた名門の城下町であり、外様大名の中でも屈指の石高を誇った豊かな国だった。その都市構造と文化的感度は、食文化にも表れている。冷やし中華という料理は、庶民の知恵でありながら、仙台の品格を映す鏡でもある。
龍亭の冷やし中華は、醤油ダレのキレ、具材の彩り、麺の喉越し、そして添えられたからしのアクセント──すべてが調和し、完成された一皿だった。私はその味に触れながら、冷やし中華が単なる料理ではなく、都市の記憶を宿した文化であることを実感した。
仙台──その名には、食と風土、創意と記憶が静かに息づいている。冷やし中華は、その器のひとつなのだ。