【宮城県大崎市】郷土料理「栗だんご」を訪ねるin餅処深瀬・おみやげの店なるみストアー
鳴子温泉──その名を聞くだけで、湯けむりと木の香りが立ちのぼるような気がする。私はこの地を訪れた。目的は、鳴子の象徴とも言える「栗団子」に触れるためだった。温泉街には昔ながらの和菓子店が点在し、どこか懐かしい香りが漂っている。栗団子は、ただの甘味ではない。それは、土地の記憶と季節の語りを包み込んだ、静かな文化の器でもある。
私は地域文化ライターとして、こうした「食の語り」にこそ、日本文化の奥行きが宿っていると感じている。制度や建築ではなく、暮らしの中に息づく味や風習──それらを拾い上げ、現代の言葉で伝えることが、私の仕事であり、喜びでもある。
宮城県大崎市は、東北でも特に餅文化が色濃く残る地域だ。冠婚葬祭や季節の行事に餅が欠かせず、餅は暮らしの節目を彩る「語りの食」として位置づけられてきた。鳴子温泉を含むこの地域では、餅を使った土産菓子も豊富で、観光客にとっては「土地の味」を持ち帰る手段でもある。
鳴子の栗団子は、そんな餅文化と栗の産地という背景が重なって生まれた。湯上がりの身体にやさしく、季節の移ろいを感じさせる一粒。その素朴さと滋味が、旅人の心を静かにほどいてくれる。鳴子温泉は、湯と語りのまちであると同時に、餅と栗のまちでもあるのだ。
参考
宮城県観光協会「栗だんご | 特選スポット|観光・旅行情報サイト 宮城まるごと探訪」
所在地:宮城県大崎市鳴子温泉
大崎市の餅文化
宮城県大崎市は、東北の中でも特に餅文化が色濃く残る地域として知られている。伊達政宗が宮城県北部の河川や沼地を整備する大工事を行い、石高は倍増、大崎平野は肥沃の大地だった。その中で餅文化が大いに発達したのであろう。農村部では、冠婚葬祭や季節の行事に餅が欠かせず、餅は単なる食材ではなく、暮らしの節目を彩る「語りの食」として位置づけられてきた。春の彼岸には「えび餅」、秋の収穫期には「くるみ餅」、冬には「納豆餅」や「からみ餅」が登場し、家庭ごとに味付けやつき方に個性がある。これほどのレパートリーをもつ郷土料理が、日本に他にあるだろうか。
中でも「ずんだ餅」は、枝豆をすりつぶした鮮やかな緑の餡が特徴で、甘さ控えめの餅と絶妙に調和する。「あんこ餅」は粒あん・こしあんの好みが分かれ、「ごま餅」は香ばしいすりごまと砂糖の甘みが後を引く。「豆餅」や「しそ巻き餅」など、保存性や季節感を意識したものも多く、餅は大崎の台所において、日常と祝いの両方をつなぐ存在となっている。
鳴子温泉を含む大崎市では、餅を使った土産菓子も豊富で、観光客にとっては「土地の味」を持ち帰る手段でもある。餅文化は、地域の風土と人の営みが育んだ、静かな語りのかたちなのだ。
鳴子温泉とは
鳴子温泉は、大崎市の北西部に位置する歴史ある温泉郷。370以上の源泉を持ち、泉質の多様さでは全国屈指。湯治場としての歴史も古く、江戸時代から旅人や文人がこの地を訪れ、湯に癒され、語りを残してきた。そんな鳴子は、温泉街としての性格から、土産文化が自然と発達してきた。
駅前の大通りには、鳴子こけし屋、和菓子店、土産物屋が軒を連ね、奥羽街道沿いにも昔ながらの店が点在する。こけしは鳴子の象徴であり、手仕事の文化が今も息づいている。土産物は、湯治客が長逗留する中で生まれた「持ち帰る文化」の延長線上にあり、餅菓子や栗菓子はその代表格だ。
中でも「栗団子」は、秋の鳴子を象徴する味覚として親しまれている。なぜ栗団子なのか──それは、鳴子周辺が栗の産地であること、そして餅文化が根づいていることが背景にある。栗団子は、湯上がりの身体にやさしく、季節の移ろいを感じさせる一粒。その素朴さと滋味が、旅人の心を静かにほどいてくれる。鳴子温泉は、湯と語りのまちであると同時に、餅と栗のまちでもあるのだ。
餅処 深瀬の栗団子
鳴子温泉街の一角に佇む「餅処 深瀬」は、地元の人々に長く親しまれてきた和菓子店。店構えは飾らず、暖簾をくぐるとすぐに餅菓子の香りが漂ってくる。店頭にはずんだ餅、あんこ餅、えび餅など宮城らしい品々が並び、秋の季節には「栗団子」がひときわ目を引く。私が訪れた日も、湯上がりの観光客や地元の常連客が次々と訪れていた。
壁には、テレビ番組『秘密のケンミンSHOW』をはじめ、各種メディアで紹介された証として、芸能人や著名人のサイン色紙がずらりと並んでいた。その数の多さに、地元の名物としての確かな存在感を感じる。店員さんに「栗団子は今、作り立てですよ」と声をかけられ、私は迷わず一つ購入した。
持ち帰って家でいただいたその栗団子は、見た目からして品がある。つややかな餅の中に、ほくほくとした栗が丸ごと一粒包まれている。手に取ると、まだほんのり温かく、餅の柔らかさに指先が沈む。口に運ぶと、餅はふわりとほどけ、栗の自然な甘みがじんわりと広がる。甘さは控えめで、餅と栗の間にほんのりとした塩気があり、それが全体の味を引き締めていた。
この団子は、ただの季節菓子ではない。湯のまちの空気、職人の手の記憶、そして土地の語りが宿った文化のかたちだった。深瀬の栗団子は、素材の素朴さと湯治場の静けさを感じさせる「土地の味」。派手さはないが、食べるほどに心がほどけていくような滋味がある。鳴子温泉の湯けむりの向こうに、静かに息づく暮らしの記憶──それが、この一粒に包まれていた。
所在地: 〒989-6823 宮城県大崎市鳴子温泉湯元24−2
電話番号: 0229-83-2146
鳴子温泉観光協会「餅処 深瀬」
大崎市「餅処 深瀬(ふかせ)」
なるみの大栗だんご
御殿湯駅からほど近く、大崎鳴子支所近くにある「おみやげの店 なるみ」は、地元銘菓の製造販売を手がける老舗。店頭には鳴子こけしグッズや温泉饅頭が並び、湯上がりの旅人がふらりと立ち寄る姿が見られる。私がこの店で手に取ったのは、人気商品「大栗だんご」。名前の通り、大粒の栗をまるごと一粒包んだ団子で、たっぷりの「みたらし餡」がかかっているのが特徴だ。
見た目はふっくらとした団子で、表面にはとろりとしたみたらし餡が惜しみなくかけられている。手に持つとずっしりと重みがあり、餅はしっかりとした弾力。口に運ぶと、まず餡の甘じょっぱい香りが立ち上がり、続いて餅のもちもち感と栗のほくほくした食感が広がる。みたらしの濃厚な味が口いっぱいに広がり、餅と栗の存在感を包み込む。甘さと塩気のバランスが絶妙で、食べ応えも十分。
なるみの大栗だんごは、観光地の賑わいと、みたらしの甘さがもたらす満足感を体現している。包装も丁寧で持ち運びやすく、贈答にも向いている。店員さんによれば、栗は地元の契約農家から仕入れているとのこと。素材へのこだわりと、みたらし餡の仕立ての丁寧さが、鳴子の食文化の奥行きを感じさせる。
深瀬の栗団子が「静」の菓子だとすれば、なるみの大栗だんごは「動」の菓子。どちらも鳴子温泉を代表する栗菓子だが、性格はまったく異なる。私はその違いを味わいながら、鳴子という土地の多面性を改めて噛みしめていた。湯のまちには、静けさと賑わい、素朴さと華やぎ──その両方が、栗の甘さの向こうにそっと息づいている。
所在地:〒989-6811 宮城県大崎市鳴子温泉鷲ノ巣87−2
電話番号:0229832362
大崎市「栗だんご」
まとめ
栗団子を食べながら、私は鳴子という土地の記憶に触れていた気がする。温泉の湯気、鳴子こけしの木肌、そして餅のやわらかさ──それらが静かに重なり合い、ひと粒の団子に宿っていた。鳴子温泉は、湯治場としての歴史だけでなく、餅文化を通じて人々の暮らしを支えてきた場所でもある。
鳴子温泉街には、栗団子を扱う老舗がいくつかある。「餅処 深瀬」の栗団子は、つややかな餅の中にほくほくの栗が一粒包まれた、静かな佇まいの菓子だ。甘さは控えめで、餅と栗の間にほんのりとした塩気があり、湯治場の空気と職人の手の記憶が宿っているようだった。
一方、「おみやげの店 なるみ」の大栗だんごは、みたらし餡がたっぷりかかった華やかな一品。栗の存在感と餅の弾力、甘じょっぱい餡の香りが口いっぱいに広がり、観光地の賑わいと満足感を体現している。包装も丁寧で、贈答にも向いている。
深瀬の栗団子が「静」の菓子だとすれば、なるみの大栗だんごは「動」の菓子。どちらも鳴子温泉を代表する栗菓子だが、性格はまったく異なる。私はその違いを味わいながら、鳴子という土地の多面性を改めて噛みしめていた。湯のまちには、静けさと賑わい、素朴さと華やぎ──その両方が、栗の甘さの向こうにそっと息づいている。
次に鳴子を訪れるときも、きっとあの栗団子を手に取るだろう。そしてそのとき、湯のまちの空気と語りが、再び静かに立ちのぼるのを感じるに違いない。
投稿者プロ フィール

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地域伝統文化ディレクター
宮城県出身。京都にて老舗和菓子屋に勤める傍ら、茶道・華道の家元や伝統工芸の職人に師事。
地域観光や伝統文化のPR業務に従事。
